「お前には俺のすべてをやろう」


ひどくあっさりと男は安らかな寝顔のようなとても穏やかな凪いだ水面のような笑顔ですらりと言葉をこぼした。
わずかに首をかしげた、するとなめらかに長い前髪がすべりその双眸がはっきりとさらされた。 白いおもてに映える、甘く微笑むオレンジの飴色の瞳。綱吉だけうつしこんだ。 まんまるとやわらかで瑞々しい瞳がまっすぐに綱吉を包み込みまたふんわりと微笑む。
桜色の唇はうっすらと開き、…ああ、赤い舌が、そう綱吉が思ったらその顔は綱吉のすぐそばにまで寄せられていたのだ。鼻先に薫る体温。瞳は金色に光る。まっしろな髪の毛先ふっと綱吉の鼻先をかすめるように触れた。 綱吉。口吻けの近さでもって彼は華のように微笑んでいる。赫い舌が。綱吉と。うれしそうに、うれしそうに…、無邪気なこどものように目がほそめられ、いとしそうに 綱吉の頬のやわらかな線をそっと丁寧に指先で、そして温かいてのひらで楽しそうになぞった。
なあ、綱吉?

「俺の血も、肉も、目も、指も、足も…、まあ全部だ、ぜんぶぜんぶ、お前のものだよ。命も肉も体もなんもかんも全部がお前の好きにしていいから。お前だけが俺になにしたっていいし、なにをさせてもいい。お前のすべてが 俺を受け入れるんだ。お前のぜんぶは俺を受け取らないといけない。…お前は、俺の存在すべてを噛み砕いて飲み下さないといけないんだよ。いいか、綱吉。いいか、綱吉?それが俺の寵愛だ。お前が手にする中で一番無価値なものだが、…ああ、意味もない。だがそれでいい。俺はそれがいい。俺のもつものを大仰に喜び価値を膨らませられるよりも余程いい。世に優しい。なにもわからずに、そのでっかい目をきょとんとまるめて受け取れ。その手にしたものを 不思議そうに眺めて笑え。お前がこの世で一番好きだよ。お前には俺の無償の愛が必要なんだ。愛は本当は無価値で無意味なところから産まれるから尊いよ。なあ、おもしろいなあ?笑えるだろう?俺がお前が好きなのは誰にも仕組まれちゃあいないのに、俺はお前を選んだのはどうしてなのかわからないんだぜ?」

くくく、と笑う。その声はとてもとても高い所からちいさな一点を見下ろして嘲笑うような悪辣さがあったのだがしかし、妙に可憐だった。奇妙な。慈愛にも満ち満ちた厳かな声だ。綱吉は一片の曇りなく笑う男しかしらないから、腹の底から何かが突き上がってきた、…いいやちがうかもしれない、これはまたは背中をぞわぞわとした痺れがうなじをずりずり這い上がって脳天へと染み込もうするみたいな。わからない。怖いみたいな。甘い痺れ。怖い、のか…。なんて胸につかえを産む気持ちだろうか。
怖い。こわい。ざわざわと恐怖が急激に身を凍らせるようにぞわりと支配してきた。綱吉は泣きそうに目を歪めてガタガタと口の中を震わせた。こわいんだ。…誰もこんなこといわない。いってはいけないのだ。ああ、…この男だからこそ決して言ってはいけない言葉だと紅く警鐘が鳴り響き、綱吉は知らずしらず男の胸にドンと拳を叩き込んでいた、 するとバラッと目から水が散った。痛烈に今の瞬間にわかってしまった。

「いらない、のか…。それでもお前を選ぶよ。欲しがらないお前が一番相応しい」

綱吉は目をまんまるに見開いて男を受け入れていた。いつだって。それでも足らなかった。たらなかったのか…。
男にはあたたかいものなんか何一つなかった、綱吉以外。


2008/04/01