(1)

 きゅ、と来客用のスリッパが廊下をこする。どこか現実離れしているマントは、しかし彼には限りなく似合っていた。父兄その他通りかかる教師生徒すべてが彼に注目し、そして付き添うようにやや後ろを歩く美貌の青年に気づき、あっけにとられる。周りの視線を熱め一身に受ける彼はしかし物怖じもせず、まるで王様のようにその視線を浴びていた。
 その二人は明らかに異質だった。陶然と立ち尽くす観衆の中をするすると歩いている。
「ーーちょっと、そこの。止まって」
 ぴたり、と彼の前に一人の生徒が現れた。わずかに癖のある真っ黒な髪、真っ黒な瞳。鋭く視線を投げる少年の左腕には『風紀』の腕章がつけられている。そこの、呼ばわりされた張本人は僅かに目を細めた。周りの観衆は息をのみ、現れた人物に対して畏怖の念をこめながらささやいていた。風紀委員長の雲雀。
「困るな。君たちのせいで風紀が乱れている」
 僕の学校で風紀を乱す奴はただじゃおかないよ、と威嚇してきた。
「…並盛の秩序、風紀委員長の雲雀恭弥君ですね」
「ああ、彼が」
 そばで控えていた霧が静かに主に告げる。雲雀は家康の影になっていた彼をみて僅かに目を見張り瞬時に顔をしかめた。
「六道骸?」
「違います。全くの別人です。それよりも私たちは授業参観にやって来たまで。勝手に乱されているここの事など知りません」
「…授業参観?誰の父兄かな」
「俺にそっくりな子だよ」
 にこり、と笑う家康の姿は艶やかで品のあるものだったが、どこか侮れない雰囲気を纏っていた。
 そしてその雰囲気に呑まれすぎて、雲雀は初めて彼の顔をまじまじと眺めた。天地がひっくり返ってもこんな笑顔は浮かべそうにない、そんな人物が浮かんだ。
「…沢田綱吉?」
「ご名答。ちょうそっくりでかわいい俺の孫の学生ライフを眺めにきたのー」
「…顔は似てるけど中身はかけ離れているようだね」
「否定はしないよ。さて風紀委員長君。生徒の父兄を捕まえて、授業参観を妨害する権利あるのかな」
「あるよ、ここでは僕がルール。あなたたちは目立ちすぎだ。せめてそのマント、脱いでもらいたいんだけど」
「…すごいね、ここは君の城のようだ」
「猿山の大将って奴ですかねぇ」
「ただのガキ大将って奴じゃないかな。…腕は立つようだが」
 ひゅん、とどこから取り出したのか鈍色に輝くトンファーが家康に向かって振り抜かれた。常ならば壁に叩きつけられただろうが、しかし雲雀の相手にしているものはおよそ常人とはかけはなれていた。
「危ないなぁ全く…喧嘩っ早いとこ、誰かさんにそっくりぃ」
 トンファーを片手で制しながら、愚痴をこぼしながらにため息をついた。
「家康様に手を挙げるなんて、身の程知らずですね」
 霧もまたあきれるようにため息をつくものも、瞳は冷徹な輝きを帯び雲雀を睨んでいる。
「ーー君たち、何者?」
 戦闘狂は目を輝かせた。一触即発な雰囲気に待ったをかける少年の声が割り込むまで、あと数分の出来事。








































(2)

 いきなり教室を飛び出していった綱吉が、戻ってきた時は既に授業開始のチャイムが鳴った後だった。
「十代目、そいつは…?」
「ん?ツナの知り合いか?」
 獄寺と山本、二人の問いかけに答えたのは何故か疲労困憊の綱吉本人ではなく、きっちりスーツをまといマントまで羽織っている外人だった。
「綱吉の祖父、沢田家康です。うちの孫に手出したら許さないから」
 語尾にハートマークをつけながら宣う。その言葉に山本は「ははっツナ愛されてんなぁ〜」などと笑顔で答えるが目が鋭く光っていた。獄寺は「じゅ、十代目のおじいさま…?!」とおののいていた。ツナはなにいってんのさ!と喚き、小声で家康に訴える。
「おとなしくしててよね?!」
「わかってるよ。ツナの為にかっこいいじぃちゃんでいてあげるね」
 まぁ俺いつでもかっこいしかわいいけど!なんて堂々というものだから綱吉はがっくりと肩を落とさずをえない。
「沢田、いいかね?授業はもう始まっているんだが…」
 教師が咳払いをしつつ訴える。すみません!とその時初めて綱吉は周りの注目を浴びていると意識したのだ。
「じぃちゃんは、後ろ!」
 えぇえー、とすごく不満そうな呻きが聞こえるが綱吉は無視を決めた。
 再開される授業だが、綱吉は項のあたりがずっとむずむずしている。
(…すっげーみられている)

「家康様、あまりみていると綱吉君が授業に集中できません」
「だってかわいいんだもん」
 外面だけはいつもより大人しくまじめに振る舞っている上、近くの生徒や保護者たちは聞こえる会話に違和感を覚えずにいられない。なんなんだろうこの人たち。
 すらりと伸びた体躯に、さらさら流れる優しい飴色の髪。軽く伏せられた瞳は透き通っていて、スーツ姿もよくできた衣装。また控える青年は群青色の髪に、露わにしている左目が青く、かすかに隠れた右目は赤く。美貌も果てしない。獄寺なんかは既に彼がある人物に似ている事に気づいているが、つっこめないまま授業が開始され悶々としている。山本にいたっても一切回り眼中になしな、友人の祖父のただならぬ気配に知らず苛立ちを込める。
「…たちの悪い虫だったか」
「はい?」
 不意につぶやかれた家康の言葉の真意を、どれだけわかったものがいただろうか。一瞬の間を置いて、家康は綱吉の席の隣に佇んでいた。窓際の壁によりかかり、にこにこと我が孫を眺めている。
「…は?!」
 不意に背後の視線が隣にうつったとわかった時には、祖父が見下ろしていた。
「やっぱじーちゃんツナの隣にいたいな」
 ハートマークをとばしながら抱きつかれた。
「わぁああああ!?ちょ、やめてよじーちゃん!!!」
「あっはっはっは、ツナとじぃちゃん仲良し…だなー?」
叫び声をあげたのは、複数混じりあっていた。その中には十代目と叫んでいるものもいた。授業させて…とつぶやいたのは教師。しかし誰にも聞かれることはなかった。








































(3)

 昼日中、スーツにマントを羽織った異国人は、彼の知る限り別人のようだった。
「…奇抜な、衣装ですね」
 並盛中の正門前で腕を組み、柱に寄りかかるようにして綱吉を待っていた。出てきた少年と、青年二人をみて、あからさまに顔をしかめた。
「何故あなたがたがいるのです」
 彼らの本宅に居候中の骸は、家康たちが綱吉の家に泊まっていたのは知っているが、その目的までは知らされていない。
「授業参観に参加しただけだよ」
「…ああ、そんなものが。だから先ほどから生徒以外の者たちがいるんですね」
「授業なんかに…ならなかったけど…」
 げっそりとぼそり呟いた綱吉の声に、骸はやはりと納得してしまう。こんなものが大人しくしているわけがない。根拠もなにもない、けれど綱吉を疲労させる事態があった事は、霧すらも否定の言葉を挟まないあたり事実だろう。ため息をつきながら、いつもの着くずし姿ではなくきっちりスーツ姿の家康を眺めた。
「…若作りも程々にしてはいかがです?痛いですから」
「む、骸!」
「俺のかっこよさを、素直にほめれないなんて骸はツンデレだねー!」
 誰がですかと骸は冷ややかな視線を送る。紛れもない殺気を込めて。だが家康は猫に睨まれているとでもいうように、笑うのみだ。舌打ちをして、骸はきびすを返す。
「え、骸、どこいくの?」
「帰ります。君を迎えに来ただけですが、貴方達がいるなら僕は不要でしょう」
 いたところで魔物めいた人物にからかわれいじられる機会が増えるだけである。すたすたと遠ざかっていく後ろ姿に綱吉はあからさまにしゅんとしてみせる。
「綱吉は私と一緒にいるより骸のほうがいいのか」
「え、いや、ああ、えと!…てかなんでいきなり口調変えるの?!」
「綱吉がドキドキしてくれるかなって」
 家康は、いつものにっこり、ではなくふわりと流し目で壷惑的に微笑みを浮かべた。それを眺め目を見張ったのは霧のほうである。
 笑顔ひとつ、彼は雰囲気すらも変えてしまう。だが今彼が纏っているのは昔の彼と同じ。服装も昔の彼の姿なのだから、思い出してしまった。彼が、昔、ボスとして笑っていた時代。霧は目を細め切なさを込めるように家康を呼ぶ。
「…家康様、心臓に悪いのですが」
 それはもう複雑な意味で。
「嫌ならみるんじゃねーよ」
「…俺も心臓に悪いよじーちゃん」
 ドギマギしながら綱吉はぎゅっとシャツの裾を握った。だってまるで知らない人みたいだ、と。
 家康はきょとんと綱吉を見つめたあと苦笑するように首を傾げ綱吉の手を握り歩き出す。
「じゃあ早くかえろ!スーツなんて久々なんだよね〜肩こっちゃう」
 いつものように軽く明るくにっこり笑った。


2008/09/28