「あ、うん。超好き」

ぱらっとめくった本の名前は育児書だった。
………いやいやいやそんな今更遅くないか?もうすでに息子は14歳をまたいじまってそんな育児って!!育児って…!?綱吉はぶるぶると震えそうになる右手を左手で押させるのにいっぱいだった。こうして歯止めをかけておかないと叫んで暴れて何かぶちこんでしまいそうなのだ。だって。
目の前の男は相変わらずぼんやりぼんやりと仕事そっちのけでページの表面だけを目で撫でて綱吉のいうことなんか右耳から左耳へとするーっと外に放りだしてしまっている。真面目にきいちゃいねえったらない。
「じゃあなんで浮気したの…」
「してないよ。誤解。だって、俺はあいつじゃないと嫌だからな」
「泣いてたよ!!?すっごい信じてたから!!ちゃんとフォローしてくださいーー!!」
「い、……や、……。…………、……か、な?」
「疑問系か!!」
ひーふーみぃ…ええと、あとなんだっけ?みたいなのんびりとした答えに綱吉は正直イラッとした。カーッと血がのぼりそうになる…、こいつ。ダメオヤジだ!!!ダメったら駄目です!!外見は自分そっくりなだけに大変アレだ。おとうさんに似て可愛いねvvといわれてももう最早嬉しくない。嬉しいのはこのおとうさんだけですから!
『綱吉くんは外見だけはあのひとに似てしまいましたから…、せめて中身くらいは僕に似てください』
せつせつとお母さんは昔から綱吉に語ったものだった。あのひとに似てはいけません。絶対に似てはいけません。苦労するのは周りですから!!!!と。それが幼い頃の綱吉に幾度として振り撒かれた呪文であり戒め。似てはいけません。外見が似ているから尚更にせっせ、せっせとお母さんは頑張ったものだ。
……だが結局、中身は似ようにも一向に似れなかったわけだが。
なにせ綱吉の性格は割りとお母さんの方に似ていたようで、それを知ったときのお母さんたら目をまんまるにしたかと思えば急に真面目な顔して。
『それはそれで不幸かもしれませんねえ』
……ためいきはかれた。
え。俺って両親のどっちにも似ちゃいけないの!!?と綱吉は混乱したものだが、…まあ、次の瞬間にはお母さんはいつもの通りに優しく笑ってくれたのでなんとか持ちこたえられた。……今になってみると、多分、似て欲しくないところが一番似てしまったということだったのだろう。最初にいっていた似て欲しいというものはきっと、常識的な思考をもって欲しいとか冷静な思考回路をもって欲しいとか、真面目に物事に取り組むようにとか…まあそんなもんだった。だが、まさか。まさかね?みたいに一番似てはいけなとこ似ちゃったねって。彼の絶望も割りと深刻だったかもしれないと今なら慮ってやれるが…、その時分は幼い子供で、その彼の絶望の気配がどれだけ我が子にショックを与えるかもわかってしまっていたからすぐにひっこめてくれたのだろう。やさしいひとなんだ。 押しに弱いひとだったんだ。

『あ?そりゃ…、ヤリたいなーっていったらあいつが結婚まで清い身体でいたいからっていうから結婚したんだが?』

おとうさんに結婚の理由をきいたら無情にそう答えられたときの絶望っぷりは綱吉の中で筆舌しがたい。
あ。全力でやったなって。
え。そりゃもう追い詰めたなって。
………きっと泣きながらお縄にかかったんだろうなあというのが容易に想像出来て綱吉は思わず遠い目になっておもしろくもないのにカラカラわらってしまっていた。あれ、でもなんか涙がとまらねえや。へへ。
みたいな。
まあ、綱吉の両親は、背景を無視してかんたんな表現でいってしまえば両思いだ。お父さんがお母さんを愛してるのは本当でその愛情の注ぎ方は常軌を逸しているが。
「はあ…」
ガクリと項垂れる。保健室ではめえめえ泣いてるお母さん。
「…いつカメラなんか仕込んだのさお父さん」
「ええと…、…………いつだったツナ?」
「俺がきいてるんだよ!!」
コテンと首を傾げたオヤジに綱吉は思わずくわっと吠えてしまった。封印していた右手でバン!!と重厚な机を叩くと机上からパラパラと写真が散った。…みなくてもわかる。綱吉の写真もあったが見なかったふりをする。
歪んだ愛情。
もしくは欲望にまっすぐ過ぎる膨大な愛情。
やっと育児書から顔を上げた彼は悠々と微笑み、大丈夫といった。ニコリと笑う姿が無邪気で。
「あいつには今晩めいっぱいエロいことさせてやるから、な?」
えへーといわれたセリフに綱吉はくらりと視界が暗んでしまった。ざあああああーーと頭のてっぺんから夕立のようにまっさかさまに血がおちていく…。背後のテレビからお母さんの悲しみに満ちた啜り泣きがきこえて。
「お、…おか、おか…」
「ん?」
「おかあさん逃げてええええーーーーーー!!!!」
うわあああん!!!と泣きながら綱吉はバッと走り出した。あぶない!危ない!!めいっぱい駄目だ!!そればかりが綱吉の頭の中を支配して赤い警鐘がガンガン鳴り響いた。

「???」
独り校長室に取り残された男はただただ首をかしげ突風のように去ってしまった息子に対して、ああ、これが思春期??とかまったく的外れなことを呟いたりしたのだった。









【 校長と生徒 】
(特注・綱吉はプリーモと霧の子供設定。霧プリだけどお父さんはプリーモでお母さんは霧です。)
(前回からひきつづきました。おかあさんは保険医でおとうさんは校長だよ!)