夢の中で俺はとってもちいさくてめそめそと泣いていた。ぬぐっても拭っても涙が溢れて…、ああ、じっと観察してる内にこいつはきっと途中で泣く理由を忘れたなとわかってしまった。大概そんなもんだ。俺は絶対にそんなもんだった。…おや?俺がふたりいるみたい。現在のおおきな俺とちっこい頃のおれがいる。夢だなあ…。俺の身体はちいさかった。泣いている。ひっくひっくとしゃくりあげて、わあわあ泣いてる。でも俺はちっとも悲しくもなくて、…ああ、泣いてるなあと思って。精神が二個わかれてるみたいだ。ちいさい俺よ、どうして泣いてるの?どうしたら泣きやむの?俺はなにを求めて泣いているのだろうか…。

(泣くってのは、…たしか、自分を憐れんでるみたいだなあと思ったらとまるんだっけ、か?)

そうしたら滑稽になって泣くのなんか馬鹿らしくなりますからと、風のような声が聞こえた気がした。






「あ。夢だ」
「…は?」

ぼわっと骸の顔が綱吉の目の中に滲みこんだ。ああ、あさかあ…と綱吉はぼんやりと思う。骸の左頬がうっすらとまっしろく、相変わらず綺麗な肌してるなあとかそんなことぽやぽや考えながらその頬の産毛が金色にひかるのをしばし眺めた。カーテンの隙間から朝陽が降り注いでいる。とがった鼻先、すっと目を伏せると睫毛がバサリ落ちた。扇みたい。まつげがながいなーと…、そう気付くくらいには骸の顔が綱吉の顔に近かった。でも。ふあ、とあくびひとつ。
(…とりの、声がするなあ…。天気いいのかも…だるい。ねむい…)
別におどろくことでもない。綱吉は鼻先までくっつきそうな骸の顔をおしのけ、ごしごしと目を擦った。骸は綱吉が好き。割とご近所さんでも有名な話で、それが性的な意味を持っているということに関しては綱吉と骸とあと数人くらいだろうか。こうして隙あればということも、まあ、数人。だがそれ受け止め許すということだけはおそらく骸と綱吉だけで…。おしのける温かい手をずらして、ぐっと顔を近づける笑顔の骸。いやそうに面倒くさそうに僅かに綱吉の眉がよるが、…ちゅっとちいさく骸の唇が額に吸い付くのを今日も許してしまった。
「…おはよ」
「はい、おはようございます」
顔に触れる手にもちゅっ、と丁寧に。にっこりと上機嫌に微笑む骸。だが、その綱吉を見つめる目はどうにもニヤリとしていてなかなかにしてやったり感な色が濃い。だからこそ幾百万人の乙女がコロリとよろめくだろう魅惑の笑顔になんか綱吉は絶対に騙されないし眇めた目で嫌悪もあらわに鼻に皺を刻むのだ。…本当に嫌そうな顔だ。わなわなと口許が罵声を叫び出したいよすっごく!みたいにに歪に震えて、本当は今にでも今こそにでも大音量で吠えてボコボコに殴りつけてそのふざけた頭(※髪型含む)をガッチリ鷲掴みにして死ぬ気でていやさって窓から放り投げたくて仕方がないですね本当にね!!というそんな衝動をガタガタ必死に耐えている。…だからこそにこにこと光り輝かんばかりの神秘的な笑顔の骸。ふふふ、ふふふ…と春の日差しのように大変ご満足な笑顔。本当に性質が悪い。
「………で、起きたから」
「ええ」
歯を食い縛った声だ。それに対して骸は朗らかに頷く。
「着替えればいいじゃないですか」
「いや、顔を先に洗いにいく…」
「可愛い顔じゃあないですか」
「顔洗って歯を磨いてご飯食べてから着替える」
「着替えてからでもいいじゃないですか」
ガッ!!!!と綱吉の両手が骸の両手を掴んだ。
骸はクハッと空咳のような変な短い笑いを漏らし憎憎しげな笑みをギラリと瞬かせた。ギラギラ、ギラギラ…、まんまるに肥えた獲物を目前にして弾む息をする肉食獣のような骸の飢えた目に綱吉は内心ゾッと血の気を引かせたがそんなものをおくびにも出さずにふふんと強気に笑んでやった。
綱吉は見逃さなかったのだ。というよりも見るより真っ先にぞわっとに悪寒がダダダーーっと走りケツをぶっ叩いてきた。ヤレ!!クルゾ!!と。そうして本能が命じるままに即座にガッと行動した結果がこれだ。グギギギギ…と二人は両の手を合わせてレスリング選手のように取っ組み合い力の限りの死ぬ気の押し合い攻防戦。綱吉は歯を剥きだしにして必死に踏ん張り、骸も不適な笑顔で必死に応戦している。細く息をしてお互いを凝視。緊張し張り詰めた空気が部屋中に充満し、ゴウッと二人を中心に熱気がおこる。
「クフフ…、君も往生際が悪い」
「ハ、ハハ…、何をいうのかなそれはお前が、だ…ッ!」
ググッ!!と綱吉が骸を押す。骸は目を瞠った。くっと眉間に皺を寄せ苦悶の表情が浮かぶ綱吉。目が歪み、こめかみにうっすらと汗が滲んでいた。ハッとおおきく息。
「……色っぽいですよ、綱吉くん」
「ん、な…ッ!てめ、そんな風に呼ぶんじゃあ、あ、ねえええええーーー!!!」
二人の顔はほとんど額がくっつくほどだった。目と目がガツンとぶつかる! …綱吉は知らない。骸がその琥珀色の熱のこもった両目こそを愛していることを。ぞくぞくとした恍惚が骸の身の奥を焦がす!その目で僕だけを見ればいいと叫びたい衝動を抑えて骸は爽快に笑った。
「大好きだ!!」
「気味悪いはボケええええーーーー!!!!!」
ガツーーン!!と綱吉の頭が骸の額に痛烈にヒットし、一瞬星が散るのを見た骸はその隙に綱吉の渾身の力によってベッドから頭から落っこちた。ドシン!!としたたかに肩を打っただろうに骸は元気良く大声で笑って綱吉を気味悪がらせた。構うもんか。骸の下半身は未だベッドの上にあって、腰から上がさかさまに落ちている妙な格好だが、しかし骸は満足そうにベッドをまたいでの大の字になっていて。のびのび両手を広げ、眉間に皺を寄せ息を荒くした綱吉を悠々眺めている。唇はにんまりと笑い、力勝負に負けたくせにとてもご機嫌だ。
「…お、ま…えっ、…もう、、、気持ちわるいよ…」
「でも好きなくせに。少なくとも顔だけは絶対に」
「ナルめ…」
「図星」
「……………………」
「身体も好きになればいいじゃないですか。指先とか、特に似てるでしょう?」
「やだ。それにお前のがデブじゃん」
「…………………………………………………………………………」
「身長低いじゃん」
「それは大丈夫です。髪だって伸ばしますよ。長い方が好きでしょう?」
ぐしゃっと綱吉の顔が何かいいたそうに歪んだ。しかし結局何も吐き出さずに弱々しく、そろりと少し笑む。骸は首を傾げてしまう。自分としては真摯な言葉を吐いたつもりだったのに。綱吉は。
はあ…とその口から大きな溜息を零してついでに肩もガクッと崩れ落ちた。そうされると綱吉の顔は伺えず垂れた頭しか目に入らない。綱吉くん、不思議そうに骸はちいさく呼んだ。
「お前は、母さんになれないよ…。お前はお前だ」
ぼそぼそとした声が哀しそうに響く。
「でも、姿だけなら」
「姿だけでも、だけでもそれはお前の姿でしかないよ」
「きらい?」
「きらいじゃないよ」
どうすればいいの、そう言いそうになった唇をぴたりと閉じて骸は嬉しいことを言われたのではと思考する。 ……でも、同時に何故喜べないのだろうかとモヤモヤした気分を抱えてしまうのだ。もしくは喜びたくない、とでもいうのか。骸はじっと垂れた頭の、そのつむじを見つけて、彼のことを考える。
幼い頃がずっと傍にいたのに悲しませないようにしてきたのにその顔をあげさせる方法がまったくわからないのだ。
怖い。無性に。
きゅっと眉間に皺を寄せて骸は綱吉の名前をよわよわしく呼んだ。
顔をみせてほしい。そうしてぼくは…、

「お前だけはね、俺を父さんとそっくりとか言わないから、そこだけはね、ちょっと好きだよ…」


「………………はい」
ピシャッと雷に打たれた気分だ。
そうしてカッと頬に熱が宿った。羞恥がぐるぐると沸く。彼が好きだ。彼が好きだ。彼が好きだ…ッ!!何度としていった言葉が、何度として思いえがいてきた言葉がそれだけが骸の心に次から次からこぼれてあふれて胸がはきちれそうだ!!
彼が好きだ。
彼を好きだ。
好き過ぎて幸せだ!

「……よわった、綱吉くんが、好きです…」
「はあ?」
「だって、奇跡みたいに綺麗…」
「……………………」

あんまりにも間抜けた声でいわれたので思わずふらっと顔をあげそうになったが、次に言われた言葉の壮絶な恥ずかしさに綱吉カアアっと頬をほてらせて全力でもってぎゅうっと顎をひいて俯いた。
夢見るような、弦楽器みたいな声だった。
(こ、こ、こここいつはぁあああーーーー!!!)
視線の先に自分のぷるぷる震えた拳。思わず正座もしている。
あの声はいかん。いけないいけない。
言われたセリフはメチャクチャなものだが、骸の声は心をのせている。綱吉はその威力を知っているから。
「あああもう!!どうでもいいから!!!さっさと部屋から出て行けバカ弟がああああーーーー!!!!!」
耳を塞ぐ。
顔をあげて猛然と叫びながらベッドの上に放り投げられた骸の両足を綱吉は乱暴にぺいっとベッドの下におっことしてやった。
「はいはい、ずっと一緒にいましょうね」

くすくすと笑う骸の言葉が綱吉にどれだけの慰めを与えたのか、知らないなら知らないままでよかったのになと思いながら。

綱吉も笑う。








【 兄と弟 】
(特注・綱吉と骸はプリーモと霧の子供設定。霧プリだけどお父さんはプリーモでお母さんは霧です。)