神の怒りをかったのだ。 (…いもしないものにそんな理由を求めた誰も責めたくなく一番に君を怨みたくないからと精一杯のなにかによっていいきかせ目を閉じたよ)









神 鳴 り










雨粒がぽたり、ぽたり、彼の全身から垂れ落ちて殊更髪の先からが顕著に落ちていた。
頬もべったりと湿らせて白いシャツも透けた色で貼り付いている。ぴったりと、皺がふかく、ほのあたたかい色の肌色がシャツの白さよりも弱々しく冷たそうだった。遠くで神鳴りがまだ響いている。腹の底に響くようだ。瞬間的に、ひやっと肩をすくめた自分とは違い彼は静謐そのもののように揺れ動くことなく立っていた。…ただ、立ち尽くす。
綱吉は突然現れた雲雀に驚かなかったといえば、半分嘘になった。彼はいつだって突風のように現れたのだから…、そのずぶ濡れの姿とその雰囲気に対してはひどく驚いたのだ。カツリ。日誌の中身をどうにか埋めようと必死だった頭の中は見事に真っ白でするっとシャープが手から滑り落ちたその音でその事実に気付いたほどに呆然とした。
「ひ、ヒバリさん!!?」
ガタッと乱暴に立ち上がるとすぐさま教室の戸口へと急いだ。タオルなんてものはない、あるのは母親が持たせたハンカチだけできっとあまり役に立たないのだろう。しかし綱吉は眉間にむずかしそうに皺をよせて、 そっとヒバリの白い頬を拭った。…ああ、応接室へ。 なすがままのヒバリにビクビクしながらも綱吉はためらったようなちいさな声でいきましょうと声をかけた。 ヒバリがおかしい。綱吉の声に反応しないがその手をつかんでひっぱれば動いた。
「……ぼくのかわりに君はいつも泣いたね」
「え」
薄暗い廊下は奇妙な明るさがあった。濃度の深い暗雲がここ一帯だけに立ち込め遠くで真っ赤な夕陽が漏れ見えるからだろう。てらてらとヒバリの頬がオレンジにひかった。肌が白いからだろう、また雨に濡れたからだろう。 水面に映る暁のように綺麗だった。濡れた漆黒の髪も赤くしっとり光る。 …けれども瞳は黒。深淵のように暗く深く黒い。真っ直ぐな眼差しがじっと綱吉を捉え、 綱吉はギクリを肩を強張らせた。色を失った唇が赤くひらく。一語一語を大事に紡ごうとする。 ギリ、と。つかんでいた綱吉の手を解いて雲雀は強く細い手首を掴んで握った。
ぽたり、ぽたり。水音が響く。雲雀の背後は暗い廊下。左側の窓から渦を巻いた焼け焦げたような暗雲が 見えけれども金を混じらせた赫い陽射しが鋭くさしてきている。雲雀の手はやはり雨に濡れたからひどく冷たい。…雨。 綱吉は神鳴りの音をまた聞いた。しかし、雨音が少し前から止んでいたことを思い出した。金と赤と黒。目の前は鮮烈な光景であり雲雀の表情をみると凍りつく…、気がした。全身の毛がざわざわ逆立つ錯覚が警告だろう綱吉は目線を ふっと足元にさげた。うそつき。降る空耳。 奇妙にやさしい顔で彼は拒絶したことがあった。…くせに飢えた目で。綱吉を。
てばなせない。
「空がないた」
「…………」
「君が泣けばいいのに」
ふっと瞬き白い瞼がひらめいた。睫毛の先も濡れていた錯覚。くらりとまわる矛盾。 綱吉はまた増した雲雀の腕の力に目元をゆがめたが大人しくした。泣けばいいのにと彼が また後悔とせつない願いのように言葉を零す。なんて矛盾だろうくらくらする。
「僕は濡れるしかない」
一歩、距離を縮める。ぽす、と。意外な軽い音をさせて雲雀の頭は綱吉の肩に落ち、…吐息が首筋にふれた。 すり、と頬すりのように雲雀の頭を動いたのだ。綱吉の首筋へと更に唇を近付ける。 掴まれた腕は雲雀の後ろ頭へと導かれた。咆哮のようにあの日のようにその背は拒絶を滲ませているのに。 ひどいうそをいっていた。
「抱き寄せて、ぬくもりをもっと、僕がすきだといったことは本当だといえ」
「ヒバリさん…」
「僕は初めて僕自身が泣いた方がいいと思ったのに…、もう、泣けないことをしったよ」
ヒバリさん、そういおうとしたら綱吉の躯は冷たく濡れた体温にぎゅっと抱き締められてしまったから、 ふるえた、それは心か身体か、どちらにしろ綱吉の言葉は出口を失う。罵倒したい。…いいや、されたいのか。 ヒバリさん。心の中で唱えるしかない。
ぽつ、ぽつ。雲雀の前髪から垂れる雫が廊下を打つ。じわっと綱吉の制服はぬれた。





「……さようなら」




 アトガキ
2月17日に某所へ投下ブツ。加筆修正。
2008/03/02