絶望をください。
残 照
ぱかりと目を開ければ煤けた天井がまずこの目の中に飛び込んできた。ズキリと頭が…、 いや身体中がメキメキと軋む音を鳴らしている。怪我か。消毒液の匂いがするからきっと手当てはすんでいるのだろう。 (じゃあ、ここはボンゴレの手の中かな…) 誰がこの殺人狂いとまで言われる漆黒の手当てなどするものか。 雲雀恭弥が怪我の手当てを受けたくらいで何かの見返りを与えるなど有り得ないと、この世界では 充分過ぎる程に知れ渡っている。なにせ手負いの獣程手に負えぬことはないとガタガタ震えた目を潰したのは 意外にも鮮明な記憶に残っているのだから。ならばきっとこの世界に存分と浸透されていることだろう。 ああ、綱吉の耳にも入ってあの子は眉を顰めていたっけ。綱吉…。 ヒバリはそこまで思い当たって、ふうと瞼を落とした。ボンゴレの中。綱吉の手の中か。 「綱吉。…………あ。…ぁあ、そっか。君は、もう居ないんだったっけ?」 驚く程に冷静に言葉はもれたなあ。ヒバリは呆然としている外側で自分を冷徹な眼差しで見つめていた。 なにそれ。 身体が軋む。キシキシキシキシ…。痛いなぁ。よくよく耳を澄ませてみれば銃撃戦が聞こえていた。…ああ、そっか。 綱吉。ねえ、綱吉。 「………僕を十一代目にしたのはどうしてだい?」 簡単に死なせてくれないのは何故?そんなに君は人でなしなのかい。 君は叫んだね。 この目はまっすぐに捉えて限界まで瞳を広げてまっすぐまっすぐ君を見つめていた。君だけを焼き付けた。 綱吉。 離れないで。そういった。何処にも行かないといったのに。何処にも行けないからと約束したのに。 べちゃべちゃと赤い血が目の前を塞ぐ。すべてをぬるりと塞いでいく。 まるで視界は真っ赤で穴だらけでその隙間から青い空が眩く何処までも心を地の底へとしたたか叩き付けてきた。 傲慢な笑みのように高く眩しすぎる美しい青空。其れが此れほど憎いと思ったことはない。 こんな腹の底からぐつぐつ煮えるような殺意を初めて思い知る。頭にひとつくらい穴が空かなければ 正気になれないように全てが真っ赤に燃えて煮えて目頭が熱く燃えた。 ひとには在る筈の無い牙さえ疼いた。…ああ!!噛み砕きたい!!すべてを!!すべてを!!何もかもを……ッ!! 「僕は、君の死さえ見届けていない……」 君がちいさくなったのを見ただけ。あとは君の文字。君の声が消えた。 『 ……ねえ、やっぱり今日も神様は留守だったりするわけ? 』 夏の日差しは暑かった。それでも君を見下ろすと相変わらず冷めた肌なあと思った。 色が白いせいだろうか。自分の背をまた今嫌悪と共に汗がするりと滑り落ちた。 なにか不公平な気がする。暑くなさそうだなんて。 ……でも。その方がいいのかもしれない。君は弱そうだから。暑いと感じたら倒れてしまいそうだ。 君は痛みというものと無縁じゃないと生きていけないかもしれない。人の痛みにさえ心を痛めてしまうのだから。 綱吉。君はやさしすぎる…。人でなしを人と扱う酔狂を起こすくらいに。だから…、だから。だから綱吉。 そのまま、わらっていておくれ。 「……君は、守ってあげるよ」 「はいはい…、守ってください。どれだけでもたくさん、お好きなように」 「うん」 「でも忘れないでくださいね。俺もヒバリさんを守りたいって」 「ふぅん?そうなの」 「そうなんですよ!」 「無理だと思うよ」 「そうでしょうけどね…」 でも、忘れないで。ツナはそっと苦笑を零しながら小指を差し出した。 |