それはまるで一夜だけ咲く華のように…。









月 下 美 人










幽霊に触れられたようだ。すうっと首の真横を静かに通り過ぎる細い両腕は女のように真白く 体温は透過されて其処の中に一片たりとて存在し得なかった。

「…恭弥さん」

殊更ゆっくりと…、まるで一字一音を深く噛み締めるような甘く匂う夜の声。 まるで飢えの中に注がれる甘い清水のようにぽたりと耳に心地よくも胸に切なく染み渡り、 世界はゆるやかに目の前が霧散していくかのように一転していく。 水音。耳朶に冷たい唇が這わされ赤く小さな舌が巣穴を求める蛇のようにぬるりと入り込む。

「俺は、狡猾な人ですか?」

…ああ、雲雀はすっと苦く目を閉じ淡くそっと微笑んでしまう。歪む口角。 するりと首に廻された腕を愛しく撫で摩りながら、 毒蛇のように嬲るようにも絡みついてくる彼に欲しがる応えを囁きたくなる。狡猾な人ですか。 彼は重ねて蜜が滴る声で囁いてくる。恭弥さん。女のように女よりも酷く甘い腐臭のような声音。 金も銀もどんな宝石を映したとしても届かない程の目の眩みを与えて、ゆうるりと雲雀の為だけに恍惚を囀る。

「……そうだね。君はまるで真白い花のように綺麗だから」

月が一粒だけ零した涙のように。儚くも。美しく気高い、だからこそ闇の中蠢く全てを強く魅了して止まない。穢したい。 唯一つしかないこの世で最高の美酒。それで喉を潤せるのなら誰もがどんな犠牲を厭わない。欲しい。 容易く無い道程だからこそ誰もが執着を更に強めて最下層では潰し合いと自滅の嵐が起こる。

「本当の君がこんな娼婦みたいな子だとは知らないから仕方がないことだよ」

綱吉。雲雀はうっとりと微笑むような声で耳を嬲る彼を呼ぶ。そっと右腕をとってつぅっと舌先で手の甲を舐める。 それに途端に肌が粟立つのが触れる前から手に取るように解った。 ぺちゃりと舌の根までも押し付けるように強く強く手の甲を味わい鋭く食む。くっと熱く息を飲む気配。

「彼らに君が手に入れられる筈が無いのにね。本当に健気なことだ……」
「きょ、…う、やさん…!」
「綱吉。例え君が裏切っても僕は君を許すよ。君は君だけの物だろう? 決して僕の物ではない。…ああ、それでは裏切りなんて言葉は成り立たないなぁ」
「恭弥さん、そんな俺は…!!」
「ん?飽きた?飽きたなら出て行けば?」
「違う!!!」
「誰も責めないよ。勿論僕も」

誰もが君を心から愛してるよ。その言葉に綱吉はビクリと大きく身体を震わせた。 ああ、と。まるで撃ち落された小鳥の悲鳴のようだ。細い腕が。カタカタと、綱吉の華奢な両肩が 痙攣を始める。細く、細く、細く、吐息が。喰いしばった歯の隙間から漏れる凍えた吐息の音なき声。 つぅーっと頬を滑り堕ちた雫と共にぽたぽたと雲雀の肩を濡らしていく。生温く。

「い、…や、だ……、恭弥さん!!」

ずるりと崩れ落ち泣き縋る恍惚を囀る毒蛇。この美しき姿さえ罠だろう。 雲雀は強く目を瞑り、彼が自分の肩に額を強く押し付けすすり泣く振動を愛でた。

(君は本当に穢れ無き白い華だね。僕らは君の為にこんなにも穢れて行くのに……)

何故、変わらないのだろう。
昔の面影が本当に陽炎のようにうっすらとしか浮ばない程に面変わりしてしまっても、それなのに今でも。 今でも君は。(次々と脱皮していく。蛇のようだよ。 その姿で鳥の囀りを真似するなど陰鬱な生き物にしか映らないというのに。ああ、それでも君は。)


「…貴方が、好きなんです」


昔とまったく変わらない声でその言葉を呟くのだろう。
(過去を穢さないで欲しいのにどうして君は捨て去った物を今更拾うのだろうか……。)


「奇遇だね。僕も『綱吉』が好きなんだよ」





『 どんなに愛しかろうと過去へ今更戻ることは出来はしないというのに。 』









 アトガキ
鬼畜なヒバ様を目指してみて自分には無理だと気付きました。 (だってうちのヒバ様は綱吉大好きっ子だからね!!)
ちなみに月下美人の花言葉は『やさしい感情を呼び起こす』だそうです。(書いてから知った…/!!)
2005/10/10