其れは正気の目の色ではなかった。









殺  艶










必死だった。必死に必死にその振り下ろされる腕を掴まえていた、しかし其れでも 到底押さえつけることは出来ずに歴然とした力の差に自分の弱さと彼の多大なる力に改めて恐怖し絶望した。 ああ、けれども其れはいけないのだ。この手で止めなくては為らない。 すでに彼がひとの言葉を解さず耳を傾ける事をやめてしまっていても。 其れでも其れでも、どんなに無体に跳ね除けられても其の腕を掴んでいなければならなかったのだ。

「ヒバリさん…ッ!!」

自分はもう二度と彼の手を離してはいけなかったのだ。例え此れからどんな路を歩むのだとしても。 其れが死への道連れに為ろうとも決して。二度と。
彼の手だけは…。(本当はこんな日が来ない事を願っていたのか叶って欲しかったのか…。)
過去に仮定は無意味だというのに、また後悔という言葉さえ遅い程に何もかもを踏み間違えたのに。
目を閉じれば目の前が赤い。(在りし日の炎の溶けた夕暮れは世界の果てにも終焉にさえよく似ていた。)
或の日に自分は振り返ることを決してしないと強く誓っていた筈だというのに、 なんと容易く自分の心はこうも生ぬるく脆いのだろうか。 如何してまだ自分は小狡くも人間で在ろうと縋ってしまうのだろう。 一度はきちんと確り捨てた筈だったというのに……。
彼と共に温かい世界に置いてきたというのに。 大事に穢れないように祈るようにひっそり隠してきたというのに。

何故。

「ヒバリさん…」

宝物のような彼が目の前に居るのだろうか。
何故このような暗闇の世界で其のような目で迷うことなく真っ直ぐに 己を見つめるのか。
何故貴方は解してくれないのだ。其の手は振り下ろされる事を其の手に触れるべきじゃない自分の手が必死に留め様としていた意味を 解してくださらない。何故だ。何故この人は。自分は。如何してだ。何故。

……此の手は何処までも心のように脆く儚いのか。

はらりはらり、涙が紙のように散る。温く濡れた手。ひとの言葉を解さない者の手。其れがこの頬を滑っていく。 越えられてしまった一線。 とうとう振り下ろされてしまった手。其れが酷く優しく胸を締め付け息の根にゆっくりと触れていく。



「 綱吉 」



夢見る眼差しに地獄の底を見た。
















 アトガキ
ギャグばっかり書いてる反動ゆえに(笑)
『うちおとしたひ』のある意味ヒバリバージョン。
2005/10/24