さよならみたいな言葉をいくつも。
A HAPPY NEW YEAR
闇の中を進むことにようやく慣れた目で見た彼はまるで濃艶なる黒であった。 ああ、なんて自分のこの目は大きさが取り柄なだけの立派な節穴だったのだ、 この世にこれほどの美しい色があるものか其れをまんまと見逃していたのか此の眼は。 本当に、今初めて気付いただなんてどんな目玉だろうかとツナは 悔しさと奇妙な切なさの入り混じった硬い溜息をぽとぽと零した。好きなのに。……まいった。 「鬱陶しいよ綱吉」 「す…、すみません!!」 ハッと顔を上げれば不機嫌そうな目とかち合った。バチリ、そう火花が散ったんじゃないだろうと 思うほどに苛烈な眼差しに睨まれツナは半歩だけついつい下がってしまい、慌ててへらりとした愛想笑いを 冷や汗滲む背中を意識しながら顔にぺたりと貼りつかせた。 すると途端、ベシッと平手で頭を叩かれた。いたい。痛いけれども先にごめんなさいヒバリさん!と必死な声が喉から 迸った。から。また不機嫌そうな度合いの増した目で凄まれた。ヒバリはツナのこういう態度が時に酷く 癇に障るのだ。この少年の気弱い姿という代物は彼の爽快な愉快の中に清く染み渡ることの方がもっぱらでもあるのだが、本当に、 時折無性に心の何処かをすこぶる腹立たせじりじりとした苛立ちでもって右手を疼かせる。 「何考えてたかなんて僕の知りたい所じゃないから聞かないけど、今度また湿った溜息なんか吐いたら噛み殺すからね」 「はい!!すみませんでした!!」 「夜なんだからもう少し静かな声で」 「あ…。は、はい」 「……じゃあ、行くよ」 まったく君って奴はなどというささくれた気持ちが織り込まれた台詞をボソリと低く彼は呟き、 くるりとあっさりツナに背中をさらしてまた進み始めた。 さくさくと歩調は相変わらず早いものであったが別段ツナに追いつけない程ではなかった。ああ、彼はやはり美しい色だ。 置いてかれないように急ぎながら その頼りになるピンと張った真っ直ぐな背を見てしみじみ思う。 キラリと覗く白銀がまた美しい。光。彼の袖から覗くトンファーは凶器であるのに今は其れほど 恐ろしいとも思えず、ただふっとツナは学ラン姿で寒くないのかなと思った。彼は寒さと無縁なのか。 それとも夜と癒着してる故にそんなものと無縁であるのか…。癒着?いいや、彼は夜に馴染んではいない。 闇だ。絶対的に美しい優雅な闇だ。 (俺、そんな人に付いていってるの?) あれ、と。脳裏で何処かがカチリとずれた。夢と現実の狭間に生まれたヒトみたいだななんて思った。 やれやれ、なんて可笑しな発想だろう。夢と現実。夜の中で目を閉じれば其れは夢。ならば今開いているのなら 目前に広がる此れこそが現実だというもの。夜め。此の眼は確かに素晴らしい節穴であるのだが、けれども決して このヒトを見違えはしない…。 「君は迷子の天才だ」 さようなら、さようなら。 其の言葉をいつも紡いでいた気がする。 さようなら、さようなら…。 其の言葉をいくつも描きながらも決して口から零さずに。 『 あ い し て い る よ … 』 透き通る空の最果てに白い花びらがはらはら零れて攫われていく夢を……。 『 これからの一年も精々頑張るんだよ綱吉 』 …………ああ、そうか。(指先が、爪先さえ、どんな言葉も叫びも感情であっても彼には) うん。 逆さに堕ちる太陽を背に彼は確かに微笑んでいた。攫ってくれればいいのに。 祈るようにまた言葉を描く。貴方が失った全てであったのだと冷たい朝陽の中。 「……貴方は、本当に変わらない」 ツナは呆然と苦く微笑み胸に詰まったせつなさを逃さない為に固く目を瞑った。 彼程に潔くも無い死に損ないの夜。其れが瞼の中で涙のように揺れた。 (現実が此の想いを嘲笑うかのように在っても尚。幾度として幾度として貴方を、貴方を貴方を、永久にまで) 「……あいしてるよ、ヒバリさん」 |