まるでまるで、世界よ終われと歌うように君は。
強いことはいいことだろうと思う。だからといって弱くあることが罪悪とは思わない。 ただそのせいで死ぬような事があっても誰にも文句など言えないのだ。弱いのだから。強かったのだから。 そういうことだ。解り易いことは好きだ。 夏の陽射。其れを背に君は困ったように笑い、ヒバリさんらしいですねぇとのんびりと呟いた。 綱吉。汗をかくことを知らない肌で今日も暑いと囁き、貴方はどうしてそう物騒なんですかと 寂しそうに顔を曇らせた。頼りなく伸びた細腕で掴まれたペットボトルの中に残った水がキラリと 光を反射した。残り少ない。……誰かの涙のように。うつくしく。 「…俺も、そういう風に考えられたならいいんですけどね」 「考えられない方がおかしいね」 「はぁ…。そうですかねぇ……」 自分と綱吉以外居なかった屋上はまるで何処かの物語に出てきそうな程味気なく孤高な居場所。 其れを城の、というのか。または学校の、でも良かったのか。この屋上は何処の何の場所だろうかと 雲雀は何か重要なものの意味を探るように考え巡らせたが、所詮は屋上は屋上で、実際に此処は学校の 屋上なのだ。…ああ、青が近いせいなのだろうか。渇いた色の青。天は空に空が青に。青は冷たい色だが、 炎の高温の色でもある。ならば、……ならばならば。 目の前で微笑む彼が内包する色とは、其れがそうというものであるならば其れはそう呼ぶべき『青』色なのだろうか。 「ヒバリさん…」 襟足をキレイに刈り取られ晒されるうなじ。俯いたように顎をひく横顔。幼さ拙さ、少年らしさ。 綱吉はゆるりと微笑み、天に細い腕をゆっくりと伸ばした。暑いなぁと、そんな風に。喉をそらし。 強過ぎる光に目を細めながら。手をのばす。 「貴方みたいに為れたらいいのにな」 「………依頼です」 おもしろい程に深刻な顔をする、ゆったりとソファの上に身を預けながらそうヒバリは思った。目は閉じていたのだが彼の顔など その声ひとつですぐに解る。思わずクスリと笑みを口元に刷けば途端に彼はハッとして顔を引き締めるのだろう。 綱吉。そう呟く。ヒバリはゆっくりと薄い瞼を押し上げ、まっすぐに目の前の先程よりも距離を詰めた彼を見つめた。 「受けるとも『ドン・ボンゴレ』」 「嫌味だ…」 嫌味かい?そうわらうように言葉を紡げば真実ですけどねと彼は微笑んだ。さらりと肩を薄い色の髪が流れ落ちる。 ヒバリさん。そう言ってシンと冷え込んだ眼差しを造る。綱吉の瞳の奥には青い色が灯っている。 冷たく冷たく、されどもどんな誰よりも熱く、そしてナマヌルイのだろう……。 (可哀相だね君……) ポツリと零れた言葉は決して同情ではなく。 垂れた頭が自分の肩にコトリと落とされるのをまた両肩をひっそりと彼の細い手が覆うのをただ。……ただ、 何処か遠くの出来事のように甘受している自分に、そう呟いてる気がした。何事にも動じない自分に。 最も自由だった頃の昔の自分が、可哀相だねと…。弱いものに掴まれば其の弱さは伝染するよと。 「綱吉」 「……はい」 顔もあげない。吐息が首筋に触れた。ちいさな背だったものは今ではなかなかに大きくなった。 だがしかし矢張りまだ心もとなく骨は浮き上がる。肩甲骨。自由を蝕まれた痕のようにふわりと。 「何だって君はそんな失くす覚悟ばかりで本当にどれだけ弱くなるつもりなの?」 固く清かった瞳をガラス玉のようにして、あんなにもとろとろ滲んだ春の空気は消極を極めた湖面のよう。 冷徹。そう例えるには足らないあやふやな孤高さがこの瞬間にも目を灼く。まるで木偶だ。張りぼてのように惨めで、 それでもそれを踏まえながら上向く顔が堪らなく欲をそそる。……食い千切ってやりたいと。 楽にしてやりたいとも……。 「温もりに安堵するなら幾らでも安堵するといい…。そうして君は絶望と失望の狭間をゆっくりと泳ぐがいいさ」 「はは…、貴方は相変わらず辛辣だ」 「じゃあ赤子のように心臓の音に耳を傾け眠るかい?」 「うーん…?其れはもう無理かなぁ??」 すり、と肩に柔らかな頬が寄せられた。何かの合図のように、きっと彼の中の何かをカチリと押したのだろうと ヒバリは薄く微笑んだ。綱吉。ドン・ボンゴレ。彼の名は誰もが知るがきっと誰もが本当など解らない。 細い指先で花のように命を摘む彼。其れが真実なのだから。そして其れを最も強く非難しているのも 『お優しい彼』。 「君は本当に残酷になったものだ…。ああ、涙が滲むよね」 「はいはい。それで報酬はどうしますか?」 そうだね…、ヒバリはのんびりと呟きながら綱吉によって崩される服を甘く促すようにするりと彼の首に両腕を廻した。 どんな事にも執着することなど無くなった。そういう態度のくせに彼は熱を零したくないのだと我侭を言う。 拒むことは出来ない。拒もうとはしない。戯れのような口吻けの狭間に目を閉じればかつて光に目を細めた彼の笑顔が甦った。 『……俺は、闇に掴まったのかもしれない。それでも…、それでも光を愛そうと足掻くんです』 愚かですよね。けれども惨めではないと思いたい。闇の王者に為ると決めた者の姿でそうひっそりと 懺悔のように呟かれたのは最後の一滴を零した時だった。 馬鹿な子だね。闇も光も何も。君は君だというのに…。 首筋から鎖骨まで恭しく唇を滑らせる綱吉の後頭部にそっと指を這わせ、その柔らかな髪質を愛でながらヒバリは、つ、と。 扉の外の気配に視線を巡らせた。今、最もこの男の心を縛るだろう存在。あの家庭教師とは全く異質に歪に、 まるで命を賭けるようにして。 「…綱吉、君は、……もっと高みを、もっと高い所を目指せばいい」 「…、はい」 「闇は…、決して地の底埋もれる…、とこに…ッ、あ、るわけじゃあ…ッ、な、く、……ッ!」 「はい…」 じんわりと熱が神経を端から噛み潰してくる。この言葉の先を知りたくないように綱吉の手が性急さを増した。 知ることは彼にとって絶望だろう。彼は闇と光を、彼にとって闇と光は。彼にとって絶望は人とは 計り知れないところにあるのだから。 (本当に弱いよ、君……) 空は青に。やがて青は紅く、黒くべったりと塗り潰され…。闇色。空。その背面には光がぴったりと寄り添っている。 闇に埋もれるのは地の底に葬れる事じゃなく、この空を目指すことの中にも確りと存在するのだ。 光に手を伸ばしていても其れが僅かにでも遅ければ闇色に染まる。夜の帳。闇色の天。…天とは何だ。 一体、君以外の誰が君を救えるというのだろう。 縋ることは為らない。だから君は弱るのだろう。神という存在を切ない程に君は本当は信じているのだろう? (悪を必ず天が裁くなどと思うことなかれ君よ…) 天よりも高く高く、高くへ……。光よりも君は。闇よりも速くに君よ。月よりも尚遠く…。 (遠く遠く速く、あの悪辣なる蛇に掴まらないように。) 願う、君は。 …星を。 「…いつか、君を殺してあげるよ。其れが僕に出来る事だろうから」 「ええ、出来るものならどうぞ」 「報酬は君の命でいいかな」 「はいはい。現金で用意しておきますから早めに取りに来てくださいね?」 例え星が死しても光は深く残るのだ。(君は知らないだろう?其れが君の持つ最大の力だというコトもやがては 君が見捨てた筈の『君』さえ救うだろう其の名も今は) (終) 2005/11/21 |