interlude














 「純真無垢」とはとても言えない少年の寝顔を膝の上に乗せ、飽きる事なく眺め続けている。彼此1時間弱…少年にしては長い睡眠にそっと目を細めた。

 赤ん坊の頃はくりっとした黒目の大きな、可愛らしい顔立ちをしていた家庭教師は、10年経った今もその愛らしさを残し、黒目がちな瞳をツナに向けている。
(つまり俺はまだ1人前のボスとして仕上がってないってコトなのかな…)
 フリーランスのマフィアだった筈の彼は未だボンゴレのファミリーに名を連ね、ツナの監視と教育に余念が無い。今のツナに向かって突然断りも無く死ぬ気弾が飛んでくる事は無いが、代わりに実弾入りの銃口を突き付けられる事は増えた。
(あれを躱せって意味なら無理だ)
 何しろ0歳からマフィア一の暗殺者と謳われた彼に至近距離から、下手をすれば零距離射撃を受けて躱せるような筋肉をこの身体は所持していない。
「リボーンだってこんなに細いのに…」
「てめーの様に無意味に細いわけじゃねぇ」
 閉じられていた薄い瞼の下から、黒々とした視線に睨み上げられて意識を引き戻す。ふぅ…と小さく息を零した少年が完全に覚醒したのを見て、ツナはゆっくりと手を上げ、自分の膝に散らかされた黒髪を梳き始める。
「おはよう、リボーン。今日は随分寝てたみたいだけど」
「仕事帰りで疲れてんだよ」
 昔日本で聞いた草臥れたサラリーマンのような台詞に笑みを零す。そうっとそうっと最大限の注意を払ってツナの指は髪から耳元へと移動し、まだ丸みを帯びている頬へと辿り着く。
 黒い目がツナの顔を捉え、またふと何処かへ逸らされる。リボーンの了承を得て、その掌と頬の熱を分け合い、同じ体温になった所で、再びゆっくりと滑らせる。
「リボーン、首…触ってイイ?」
「…てめー、頚動脈は人体急所だって言ってんだろうが」
 苛立ったように若干荒くなる声。マフィアがそんな箇所を触らせるかという事、お前も触らせるなという事、未熟さを責めるリボーンの言葉も分かるけれど、彼の苛つきがそれに起因するものではないと知っているから、チャコールグレーのネクタイを緩める指は止めない。 シャツのボタンを1つ2つ外すと現れる人肌。指先から触れて掌をペタリと付ける。トクントクンと規則正しく脈打つ温かさが何よりもツナを安心させた。彼の服からは洗ってももう落ちやしない硝煙の匂いがするのに、リボーンの体温はツナの意識を容易く日常から遠ざけた。

「…リボーン」
「何だ」
「寝る前に俺が言ったこと覚えてる?」
「忘れた」
 思い出そうとする素振りすらなく、リボーンはツナの手を払い除けるとトンと軽くその身体を突き、逆らわず後ろ向きに倒れたツナの腹に腕を回して顔を埋めた。今度は腹を枕にして一眠りする気なのか、しっかりとツナを捕らえた腕は逃げしてやろうという意思は欠片も見当たらない。
「じゃあもう一回言うけどさぁ…」
「いい。忘れる程度の話だろ」
「えー抱いてって言った筈なんだけどその程度?」

 むーと剥れた様子のツナの手は枕もとの銃に伸びていた。リボーンが顔を伏せている今、もし襲撃が在った時迎撃するのはツナで、そこにボスと部下の関係は無い。少なくともツナはそう思っている。
 何故なら、そもそもリボーンが顔を伏せるなどという行為をするのは、ツナが相手であり、ツナだけしか居らず、且つ現在の情勢がそれ程不安定なものではない時に限られた場面でしか起こらないからだ。万が一襲撃が在ったとしても初撃をツナでも応戦できるレベルであると判断しなければ、例えツナが一人だろうがこんな無防備な真似はしなかった。

「俺の話を聞いてなかったってのも良く分かった」

 ツナを信頼しているのではない。仮にツナがリボーンを殺そうと思っても、リボーンはそれよりも早くツナが殺せる。
 恐らく裏切らない相手。仮に裏切っても容易く対処できる相手。それがツナだからだ。

「疲れてんのは分かった。でも眠いんなら俺から降りてよ。重い」

 「お前だっていつまでも1歳児じゃないんだからさ」と続けられた言葉に、ツナの腹の上で笑う吐息が零れた。くすぐったいと身を捩るツナに構わず、シャツの裾を乱したリボーンの手は遠慮なく滑り込む。

「懐かしい話してんな。夢でも見てたのか?」
「寝てたのはお前だろ。俺はずっと起きて待ってたの」

 「そりゃ健気なことだ」と応じた唇は赤い舌を覗かせた。息を詰めたツナに喉の奥で笑うリボーンの声が届く。ネクタイを緩めるだけじゃなく取ってしまって置けばよかったと思いながらツナは、人の腹で遊んでいるリボーンを引き上げようと腕を伸ばした。気配に敏い少年はその手を取ると、掌にキスを落とす。

「…何か掌にキスなんて、お前には似合わないよ」
「たりめーだ。俺は単に性感帯としてしか扱ってねぇからな」
「あー…もうちょっと顔に似合った可愛い事言ってよ」

 俺お前の顔好き…とぐいと無理に引き上げた相手の唇の上で囁く。繋いだ柔らかさはすぐに解かれて、「首が痛ぇ」と歯を立てられた。
 漸く伸び上がってきたその動きのまま、他の誰とするより甘い毒を交し合う。忙しい吐息に口付けを解けば、見下ろす瞳も僅かに水分量を増しているのに、不敵で面白がるような色を浮かべていた。

 この死神に魅入る。この死神に魅入られた。
 様々に輝く黒が白い肌と明確なコントラストを描き出す様を、最高の快楽と共に享受する。色素の薄い髪と色味の在る自分の肌ではこうまで鮮やかな艶は出せないだろう。

 この躯を好きに出来るのは、最初から自分を好きに扱っていたこの少年だけだろうという漠然とした予感が、一日一日現実のものとなる。
 半身どころではない。その境が分からない。
 別個の二つの物が、似た部分だけ癒着し同化し、共有する悦楽に満たされる。


 あの頃の自分の中に、今の自分を見つけ出していたのだとしたら…。
 相変わらず侮れない嗅覚だと嘲笑って。

「ん…っ……」

 彼を惹き付けておく様な強い感情は無い。
 ただひたひたとこの胸を濡らし続けている温かさは、…其処が砂地であると知っていて俺を選んだ。
 伝えれば嘘にしかならない俺たち。


 この想いはただ愛しいという形をしている。











End 











2005/11/23