其れは絆というよりも呪いと名付けた方が随分と見栄えする美しい形だった。












Supernova V














青空の下、ひっそりと眺めた其れを。
これまた随分と幼い容だと思った。欲望を知らないだろう柔らかな肉で、 まるで食い千切られる為に存在する畜生のようにのうのうと生きている。 なんという悪趣味だろう。……だが、それでも。 『神』がご所望なのだこの少年の『未来』を。沢田綱吉を寂寞の羊から暗澹たる血色の狼に生まれ変わらせる事を。 例え不可能だろうと必ず可能にせねばならなかった。 それがこのアルコバレーノに課された依頼。矜持は守らねばならない。
ああ、憂鬱なことだ。空の青は憂鬱の色だ。この少年の持つ色もやがてそうなるのだろうと思うと尚更に…。
その真白な色を青く陰鬱に塗られていきやがては暗く澱み、澱み、泥と血に塗れ黒く凝固した赫色と ついには為るのだろう。其れがこのその他大勢に埋もれた人間の当然の道筋。予測される未来。

『………俺が、てめえを導いてやるよ』

辛いことだなとは思った。しかし。
自分よりもマシなご身分だろうと手を伸ばしたのだ。 この呪われた自分さえ見つめていれば、そうそう滅多な暗闇には掴まらないだろうと。安易にも。 (『後悔』という言葉を自分は本当の意味で知らなかったのだ……)









『 ちいさなことりは、ぴぃ、とちいさくなきました。ひめいはうぶごえとにてるのだなとぼくはおもいました。 』









まるで鳥のような目で見つめていた。ちいさな翼とちいさな心だけを持って果てない自由を飛ぶ鳥の、 ひとつの完結した幸福の形をもった無垢なる瞳が目の前にはあった。

「リボーン…?」

……まるで、お前のまっすぐ立った其処こそが世界の果てなんじゃないかと思わせられる。
やさしいお前。飢えたような(拒絶するように)求めるような(ひどく傷ついた)目で。
手を伸ばせば伸ばしただけお前はゆうるりと微笑む。(そうして世界はちいさく伸縮し慟哭のような鼓動を繰り返す。)
触れ合わせた皮膚と皮膚。皮一枚で覆った、(つめたい)、その柔らかな温かな血肉。青い静脈。
お前は微笑む。微笑む。優しく微笑むと目を伏せる。しろい瞼だなと思った。
子宮へ還ろう。子宮へ還ろう。(羊水の匂いは血の味にも似ていたよ…。)


『お前と、いつか海を見たいね…。懐かしいあの匂いを教えてあげるよ。 俺たちは何処にも行けないから、せめて…、何処に帰るのかを知ってみようよ?』


ちいさな小鳥。その翼をしらない……。飛べるんだよ、其の言葉はいつも喉で絡まった。
お前は微笑む。ちいさく完結したシアワセを求められずにもがきながら…、切ないまでの。


焦燥。

「なに、寝てたの?」

クスクスと微笑む顔はすでに人間の面構えであった。一度は開けた筈の瞼をまたふっと閉じた リボーンに綱吉は可笑しそうに笑った。そうしてするりと肩から滑り降りたシーツ。その東洋人らしい不思議な 生温い白さの肌には赤い刻印がはらはらと散らされている。まるで花弁のようだ、リボーンの触れた痕は。 (あれは深い闇の中たった二人だけ居るような静謐に満ちた雪の夜、そうひっそりと綱吉は呟き口の端をふわりと緩めていたのだ。) だが。先程まで睦み合っていたという生々しさが色濃く残りながらも事後の怠惰な甘ったるさが 二人の間に滲むことはなく…、ただ在るのは惰性に伸ばされる温かな腕と近くに居るのだという確証を求める微笑み。 そして残りは離れがたいとは思っているのかどうか曖昧な、けれども確かに互いを強く想う心ふたつがあった。

神にも等しいだろう人物の命令で向かった先の少年はやはりリボーンの予想通りに 貧弱でしかも想像を越える程に甘い思想の子供だった。 やれ暴力はいけない。やめてくれやめてくれ。泣き言など容易く口から叫ばした。 まったく意気地のない子供だと何度として思っただろう。 だが、……ひどく屈託なく笑った。自分が導いた結果の先で彼はにこりと微笑んでいた。 そして子供は人の手を大層嬉しがった。とても嬉しそうにその手を取り、情を与え与えらることに ひどく心を揺らしていたのだ。ああ、こいつは。穢れない生き物なのだと胸を叩かれる思いで知る。 白く弱い生き物なのだと、改めて。そうして自分は…。

「……ツナ」
「ん?」
「寝ろ。俺は疲れた…」
「はいはい。ありがとリボーン」



『 瞼閉じれば甦る笑顔はやさしくせつなくやさしく…、最早それは何処にもありはしない夢なのだろう。 』

うみにかえろう。その言葉をひっそりと唇だけでなぞって、うみにかえって如何するのだと皮肉な気持ちに為る。
奇跡など信じない。こいつに降らない奇跡など認めない。
海の泡となって消えることの出来ない肉体で生きていくしかない死んで逝くしかない。(棺には銃を共にいれられるだろう。 死んでからも死を飲み込めとくる。)

なあ、小鳥。
お前の為に幾らでも殺してやるのに、どれだけだって屠ってやってもいい。だがお前は其れを望まないのだろう?
だったら俺はお前に一体何をしてやれるというのだろう。
心も体も預けるお前に何が。一体何を。何が与えられる?命だけを守ってやってもお前は喜びはしない。
小鳥よ…。
あの時抱いた『幼さ』のままにこうしてやってきた境地は、死ぬまで忘れはしないだろう感情を魂にまで べったりと塗り込んだ。きっと産まれ直してさえ忘れやしない。…ああ、いつかは離れてしまうだろう温もりに 触れる度に気が振れそうになる。そんなこと等に気付く筈もないだろう小鳥、何かに気付けばいいのに。 ……振り向けばいい。




(気付いたからって、俺の何が、てめえの何を変えられるというんだか……)










『リボーン、俺はあの人を傍に置くよ。俺はあの人を愛しているから…』









ほおら。変えられるのは昔から決まっているじゃあないか。悪い夢だ、そうリボーンは心の奥で吐き捨てると 綱吉の頭を腕の中に掻き抱いた。もうこの子供は、いいや子供ではなく『綱吉』は。 魂の緒を齧る存在だ。そしてまた自分も綱吉の何かを喰らって生きているのだろう。 だが、其れは支配とは繋がらない。絶対的な何かだ。呪われた、…呪ったのは。いいや、自分は 実際何を仕出かしている?……ああ、蛇が嗤う。









『 有難う貴方。本当に有難う、感謝しているのですよ死神の…。 』







嗤いたいなら存分に哂えばいい。
(だが、あいつを憐れむ特権はこの身にしか降らない。お前が出来るのは嘲笑うことだけなんだよ下衆が。)




(続)











2005/12/20 ⇒ 2006/02/11