「お久しぶりですね、ボンゴレ10代目」
「……」

 綺麗ににこりと笑うひと。
 …なのに、どうしてこんなにもトラブルメイカーなんだろう……。









彼らの事情と僕らの事情














 麗らかな小春日和。否、良いんだけどさ……陽射し温かいし。そうゆうのこの人に良く似合うと思うし。
 けどそんなにこにこ笑ってられる様な状況じゃないと思うんだ、今って。

「千種、珈琲を」
「…骸様」
「あぁ、綱吉君は紅茶でしたね。では僕の分も紅茶で」
「はい」
「俺はコーヒーでいーや」
「誰が同席を許しましたか、犬?」

 あぁこの人ホント変わらないなと思うのはこの二人があの頃からずっと付き従っているからかも知れない。


 並盛中に通っていた頃、俺からボンゴレ10代目候補の座を奪うといって骸さんが抗争を吹っ掛けてきたのはもう10年も前の話だ。
 シャマルやランボ達も含めれば、人数はほぼ同等……此方にはリボーンが居たとは言え素人だった分此方の方が断然不利だったと思う。フゥ太が人質に捕らえられていた上、何しろリーダーが俺なんだからこの歴然とした差はそう簡単には引っ繰り返らない。
 それでも俺達が勝利を収めたのは、…何かもう努力とか運とか……骸さんの気まぐれも在ったかも知れない。全力で戦ってくれていた隼人や山本達、そして千種さんや犬さんですら報われないような気がする程、骸さんは「気が変わった」と言わんばかりの気軽さで俺の下に下ったのだった。

 けれどもマフィア育ちの骸さん達が、平和な日本の中学校で大人しくしていられる筈もなく、しばしば……どころか頻繁に雲雀さんと反発を起こしてしょうがなかったので、リボーンを通じてボンゴレ9代目に頼み込み、彼らには一足先にイタリアのマフィアへと戻ってもらっていた。俺達がイタリアへ渡る迄の間、9代目の言う事を良く聞き、そこそこ良い部下を演じていたらしい。
 演じていたと言うのは文字通りで、あぁでも昔のような謀略在っての物じゃない。つまり…、

「俺がボンゴレ10代目になるまで我侭ガマンしてただけなんですよね…」
「はい♪」

 ボソリと零した言葉を勿論聞き逃さず、それ以前の他人の思考を勝手に読んで返事を返される。

「我慢していたつもりは無いのですが、綱吉君がボスになったらどんな事をしようかと考えると、その時試すのが惜しくなってしまうんですよ」
「あぁ俺を困らせようと手薬煉ひいて待ってたと」
「そんな言い方をなさるんですか? 冷たい人ですねぇ。僕を何年待たせたと思ってるんです」
「そう言う割には俺がボスになった途端、ボンゴレ飛び出しちゃったじゃないですか!!」

 チクチクと嫌味を零すなんて事はせず、ズガンズガンと打ちのめしてくれる顔馴染みの笑みは一層楽しげに輝く。

「分家しただけですよ? ちゃあんと綱吉君の許可も頂きましたし」
「頂いてません! 差し上げてません! 偽造したクセに何言ってるんですか!!」
「あれ? この印本物ですよねぇ。ねぇ千種?」
「はい、骸様」
「あの日俺の執務室に不法侵入したの骸さんじゃないですかぁ!!!!」

 「人の筆跡まで真似しないで下さいよ!!!」と、くわっと立ち上がって批難するのを何より楽しそうに見ているこの人は俺で遊んでいる時が一番幸せそうな気がする。……何でだよ…。

「…ツナ。今日の本題すっぽかしてんだが覚えてっか?」
 リボーンの突っ込みで漸く我に返ると柔らかなソファに深く座り直した。
「おや、終わりですか? 残念ですね」
 暢気な声は聞こえなかった事にして!


「骸さん、あなた俺の管理下に在る事が分かってますよね?」


 そうだよ。今日はこの為に来たんだ。毎度毎度平和になると問題引き起こしてくれるこの人の後始末は全部俺の所へ回ってくる。それは何しろイタリア中のマフィアから恨みをかっていた骸さん達を懐に抱きこんだボンゴレの責務って奴だからだ。それは引き受けてくれた9代目は勿論文句の付けようも無く見事に務め上げてくれたし、その跡を継いだ俺にもその責任は引き継がれている。
 本来骸さんをボスとした分家なんてとても認められない筈なのだけれど、相変わらず計算高いこの人は権謀術数巡らせて、ボンゴレに対して従順な面を被りながら人数を最小限にする事で、ボンゴレの別部隊寧ろ左遷的な印象を植え付けるようにして自由を勝ち取ってしまった。
 それ以来ツナの目を逃れては厄介事を持ち込み、暇潰しをして人生を謳歌しているのだ。何せ自分の所が平和で退屈するとトラブルを引き寄せるので、ツナの所の事情はお構いなし。骸達を預かっている身としては不始末は他のファミリーに迷惑を掛けない内に処理しておかなければならず、緊急事態に次いで優先されるべき事態とされている。

 要するに、骸がツナを呼び出したいと思う度、毎度面倒な呼び出され方をするという訳である。

「えぇ勿論。僕は綱吉君のものです」
「…結構。分かっているのなら大人しくしていて下さい、命令です」
「クフフ…良いですね。君に命令される日をどんなに待ち望んだ事か…」
「俺の命令ちっとも聞いてないじゃないですか!!」
「大人しくしているじゃないですか。ねぇ千種?」
「はい」
「千種さんは黙ってて下さい!!」
「…………」
「ボスのボスの命令なんですから、千種さんは俺の命令も聞かなきゃダメなんですー!!!!」
「……はい」
「クフフ」
「なー俺…」
「犬さんもですよ!!」
「やっぱそっか!」

「……ツナ。息が切れてる」

 俺が全く飲む気配が無いのを見てとって、毒見を兼ねて口を付けた俺の紅茶をそのまま自分のものにしているリボーンが冷静に窘めた。
「リボーン!!」
「殺したくなったら言え。殺してやる」
 「助けてくれってんなら聞かない」と暗に断りを入れる少年はもう疾うにこの3人とまともに会話する事を放棄している。……実は何年も前からずっと。あぁもう俺も怒鳴り続けて頭痛い…。

「兎に角! 今回は1ヶ月の謹慎処分とします! 身の回りの世話をさせる者はボンゴレから連れてきてますから、3人共屋敷から出ないように。以上!」

 あぁリボーン…頼むから「今日は28分か…割と早く片が付いたな…」とか呟かないで、俺にも聞こえてるからっ!!
 慌しく席を立ち、部屋を出ようとするツナの左手を捕らえた骸の手。

 またか…と溜息を吐くリボーンは毎度の事で半分慣れと半分苛立ち。

 千種と犬は手を出さない。
 おいそれとツナに近づけなくなった今、骸は、自分の目の前で自分以外の者がツナに触れる事を極端に嫌うようになっていた。

「もうお帰りになるんですか? もしかしてお時間が?」

 微笑む表情の中に寂しさを見つけようとするのはきっと俺のエゴだ。淋しいと思っていて欲しいと望んでいるのは俺の方だ。
 俺の気を引く為に問題を起こして、俺に会いたくて出向かせ。俺に触れたくて引き止めていてくれると良いと思う都合の良い夢。

「……まだ大丈夫ですけど」
「…甘ーぞ、ツナ」
 仕方ないじゃないか、リボーン。心底ウンザリした口調の護衛にそう思う。

「そうですか、では───」


 俺がこの人の側に居たいんだから。

End












2005/11/25