絶望的感情
















「 deo gratias !  io uccidersi 〜 」

小さな声に目が覚めると骸が歌を歌っていた。
誰の歌なのかは分からないが、以前にも口ずさんでいるのを聞いたことがあった 。
意外だったから良く覚えている。

「骸さん」
「おや、起きてたんですか」
「えぇ、今起きました」

伸びをして半身を起こすと、裸のまま同じように座っていた骸の体を背中から抱 き寄せて肩口に顔を埋める。
どうしたんですか?と声を微笑ます骸の目はきっと、また深い悲しみを宿してい るのだろう。
その瞳を見なくて済むように綱吉は抱きしめる手に力をこめる。
この人は初めてあった時から悲しい目をした人だった。


「甘えてるんですか?」


クスクスと笑い、優美な指が頭を優しく撫でる。その指をつかんで爪の先に口付 けた。


「甘えさせてください」


抱きしめる体はとても温かく、抱き合う時は火のように熱くなる。
その熱が貴方の中の氷を溶かすけれど、溶けた氷は悲しみと言う水になり、やが ては貴方を溺れさせてしまう。
それでもいいと、貴方は言う。


「さっきの歌、好きなんですか?」
「どうしてですか?」
「前も歌ってた」
「そうですね……」


『 神様!私は死んでしまいたい 』
そんな歌詞から始まる歌。
骸の口から紡がれるその歌に、この歌を作った人間はなんて残酷なんだろうと思 った。



「多分羨ましいんだと思いますよ」



思わず見上げた視線の先で、何でもないことのように骸は笑う。悲しむことさえ 諦めてしまったかのように。
その目を見ていたくなくて、綱吉は骸を乱暴に組み敷くと手で目隠しをして唇を 貪った。



『 神様!私は死んでしまいたい 』
『 あの人を愛しています。あの人に愛されています 』
『 この愛の絶頂で死んでしまえば 』
『 あの人との愛は永遠になる 』



死ねばそこで終わる感情!なんて安っぽく、安易で、それでいて心安らぐ永遠。
輪廻の輪から外れた明確な死の無い骸には決して手の届かない永遠。


「ねぇ、骸さん。あなたも『死んでしまいたい』?」


唇を離して低く囁く。目隠しをされたままの骸は濡れた唇をうっすらと微笑ませ 、甘やかな声で言った。


「……だから、羨ましいんですよ」


死んでしまえばそこで終わるはずなのに、ただ1人骸の意識だけは続いていく。
愛は続くのに愛する人は先に逝ってしまう。ただ1人の例外も無く。
死んでしまえばそれはただの肉骸。どれだけ待っても生まれ変わりなどありはし ない。

骸の唇が笑みを形どったまま、全てを諦めたように言葉を紡ぐ。








「貴方を愛してしまったから」









目隠しをしていた手をそっとはずす。現れたオッドアイは乾いていたが泣いてい るように見えた。
彼の象徴とも言える右目の目蓋に口付けて、誓う。





「貴方を置いて逝く時は、貴方の心を殺して連れて行くよ」

「約束はいりません」

「輪廻をたち切る力はないけど、置いていきたくはない」

「貴方は決して気休めを言わないでください」


そう言うと骸は綺麗に笑った。
人を深く愛せば愛すほど絶望は大きくなる。

悲しみの波は高く高く何もかもを飲み込んでゆくのだろう。



「僕はもう期待するのは嫌なんです」



貴方はいつも笑っている。
全てをあきらめきった悲しい瞳で。



彼にとって愛はきっと絶望的感情。
思えば思うほど追い詰める。


致死量の毒












(終)











2005/12/3