その人は言った。三つの言葉を。逃げて、おいで、忘れて、と。









華  印 












日差しは強過ぎる程だった。庭を全て見渡す為だろうか、大きく取られた窓からは強く眩しすぎる日差しが 幾億の矢のように鋭く降り注がれ綱吉はまともに目を開けてなどいられなかった。まるで世界を塗り潰す勢いの中に 一人立たされたように、誰が傍にいるかの曖昧になってくる。黒い服。これはリボーンだと解るが…。

「ツナ。しっかりしろ」
「…ああ」
「舐められるぞ」
「別にいいよ」
「よくねぇ」

良くないのはこの部屋の方だ。そしてこの自分の体調も…。そう、これは貧血が起こっているのだろう。 ぐらぐらと世界が視界がぐちゃぐちゃと回る。なんという極彩色だろう。そして目の端にはもう闇の帳が見えかけている。 ああ、視界が。蜘蛛が巣を所狭しと張っているかのようにもうまともに物が見えなくなってきている。やばい。 もう。身体が急激に冷たさの中へ駆け下りて行っている…。

「……へえ」

これが。まるで物を値踏みするような声が頭上から聞こえた。低く響く声。…暗い、視界。真白い紙に 墨が流されたようにはっきりと黒と白が別れた、そんな顔をしている。闇のように黒い髪黒い瞳、蝋のように白い肌。 そして纏うスーツも黒一色で、シャツの色が白くて……。
綱吉は自分の顔を頭上から覗き込む顔をぼんやりと眺め、そうして、ふっと微笑んだ。東洋人だ。 それだけで心が随分と安らぐ。………ああ、このひとは。倒れた自分を支えているのか。ふと擦れた衣擦れの音に 気付き申し訳なく思う。でも、もう少しだけあと少しだけは。このままでいて欲しいと願ってしまう。

「リボーン。これが本当に十代目になれるのかい?僕には到底無理だと思うのだけど?」
「無理かどうかじゃねえ。そう為るようにしてくんだよ」
「君が為れば随分手っ取り早いじゃないか」
「ハッ。馬鹿も休み休み言いやがれ。俺がそんなのに為るわけがない。…いや、為れはしないと言った方が正しいな。 俺は俺一人の責任しか負わない。格下の尻拭いなんて真っ平御免だ」
「じゃあこの子はスケープゴートかい?こんな子で?」
「骸に任せるよりかずっといいさ」
「骸はボンゴレのドンなんていらないと言ってたけど聞き間違いだったかな」
「知らねえな」

(あれ…?)

この人は間違いなく自分の存在を疎んじているようだ。リボーンとの剣呑な雰囲気が存分と語ってくれている。 ズキズキと痛む頭。こんな情けない醜態を初対面で晒す人間などを上に置くなど誰だって認めたくもないだろう。

(……でも、なんでだろう)

目を閉じていても怖くなどない。ふっと翳る目。瞼の上、額をすっぽりと大きな冷たい手が触れていてくれている。 誰。喉がひきつる。意識が混濁の渦へと巻き込まれもう二人の会話を耳にしていられない。だれ。 聞きたいなぁ。


(俺にはもう、だぁれもいないんだから……。)


ああ、血の匂いがする。けれどもこの人は。ちゃんと崩れないように自分を支えてしっかり抱いてくれているから。
だから。だからもう少しだけ世界を閉ざしていてください。血の匂い。闇の匂い。此処にはそんなものが多過ぎていけない。 血の匂い。貴方からもするけれど。でも。はなさないで。だって。


『 このままじゃあ引き摺り込まれてしまうんだ。 』





ああ、さらってほしい。なんて叶わぬ願い…。






(終)











 アトガキ
序章。とりあえず。
2005/10/13