闇の中手探りで進めばコツリと黒い鏡にこの手は触れた。









華  印 












蒼く澄んだ闇は月の光にとても安らかに眠るように柔らかくあった。これは茂るバラの芳香も相俟ってだろうか、 そんなことをふと脳裏に巡らせつつ目の前の殺意篭った眼差しを彼はわらった。 まるでぬるりと闇の底から抜け出てきたような男は両目を激しい憎悪で見開かせギラギラと見つめてくる。 なんという業火。 これがこんなにも心地が良いとは…。ついぞ知らなかった幸福感だ。

「……なぁにそんな怒ってるんだかなぁ?」

彼にしてはなかなかに珍しい挑発的な態度だった。ざわりと周りの木々が風もなく揺らめく。 ああ、こいつ相当頭にきてんだなぁ。リボーンはそれぐらいに受け取った。 この苛烈な怒号の如き殺気を、まるでそよ風がふと通り過ぎたといわんばかりに。わらった。

「…………」

すうっと目を細めると同時に流れるような動きで得物を構える。 ギシリと空気は密度を深め重く軋み流れる静電気に肌がチリチリと鋭く震えてこの心の高揚を指摘する。ああ、くるのか。 血に飢えたケダモノなのはお互い様だったが、人間を捨てているのはどちらだろう。 リボーンはすい、と迫った一撃目を避けた。だが風よりも早くにグン、と第二、第三打と繰り出され、 身を捻りながら一瞬の空白を狙って素早く蹴り上げ鋭くも大きく後ろへと跳び体勢を立て直す。 だがそれも相手にとっては予想の範疇の行動故にすぐさま間合いは詰められる。 なんという眼光の鋭さか。見開かれた瞳の色は確かに黒だというのにこうして間近で覗き込んでみれば 其れは赤く鮮麗なる血のように生々しく光り白目の部分が透き通るように無垢なまでに真白い。 ああ、赤と白。黒と白。黒と赤。まるで狂気の色。なんと美しき。

「……俺は、お前を人間だと思ったことはなかったんだが、」

どうしてだろう。ひゅんひゅんと耳元を鋭く切り裂く音。それを紙一重でかわしながら疾走しそろそろかと思う。 破壊されていく庭園の彫像たち。ああ、どうしてだろうな。 また一つ粉砕され、それを砕く瞬間の隙を狙って懐からずるりと銃を取り出して構える。ドン、ドン、と撃てばキン!と高い音が 鳴り響いた。何故だろう。頭を狙って撃ってもそれは容易く弾かれた。男は彼が得物を取り出したことに慎重さを僅かに帯びていく。

「だが、そうだったな。お前は、そうだった……」

「……なにがいいたい」

グルグル獣が喉を鳴らすような低い恫喝の声で彼は問う。男は彼の見透かすような目が憎かった。 それはまるで憐れむようだ。なんという侮蔑。男は鋭く目を細め、その心が煮え立つままに 吹き荒れる嵐の中を斬り進む剥き出しの刃のようにまっすぐに彼へと切りこんだ。 小さく細い躯だ。しかし彼がそんな姿の常識を覆す程に獰猛で勇ましいことをよく知っていた。 小さな顔。その面に映る顔は、やはり…、死神よりもなお赤黒く凍えている。彼は。 黒光りする瞳を見開かせ、優しいというには不気味な薄ら笑いを風のように浮かべた。

「俺を殺せてもお前はあいつは殺せないさ」

知っているよ。ニィ、と口角を歪ませ死神が嘲笑う。月の光が冷酷な色を帯びて彼を照らし出した。
放つ火花。喉元を狙った其れを腕に仕込んだモノで彼は攻撃を塞いだ。

「てめえが候補どもを次々と殺していった事くらい、そして其れを親父は黙認してた事さえ。その事を 解っていながらもお前は片っ端から潰していった、其の素晴らしき苛立ちさえもな」

爛々と光る目がまるで猫がわらうように細められる。そうだ、さすがは。彼が本来ならば十代目を継ぐべきなのだろう。 然し。だからこそ彼は拒む。生まれながらに持つ天性の有り余る才覚ゆえに誰かの後釜というものに為る事を 彼は永遠に拒絶するだろう其のあまりにも高い自尊心と自負故に生涯をかけて。暴君のように。

「ヒバリ」
(…ああ、死神がわらう。哂えばいい。愚かしい呪われた血を持つお前になら其れも許そう。)

何故だ。本当に何故だ何故だ。お前なら見ない振りをすると思っていた。何者にも執着せずに己の往く道を まっすぐに強く笑って眺めるお前だからこそ。……だから、こんな事を仕出かす訳がないと思っていたというのに。
ヒバリはするりと少年から得物を引き離し、其の深淵の底の色を映した深い瞳で問う。
何故だ。
アレは真白き世界の生き物だというのに。何故手を引く。其れもお前が。

「……リボーン。何故引き込んだ?彼は、」

青白き額。細い腕。血の気の失せた顔で倒れ込んだ、まだ庇護の必要な小さな子供。脆弱な生き物。
彼がこんな遠い異国の地に足を踏み入れたなど、あの瞬間まで信じてなどいなかった。悪い夢。 否、此れこそが真の現実だとお前は嘲笑う。
そして今も。

なお。


「あいつは親父がこの世で最も愛し、そして殺した女の子供だ」

くつりと喉で笑う。死神。死神めが。ヒバリはまた新たに産まれ出でる殺意にぶるりと腕が震えた。 少年は心底楽しそうに嬉しくて仕方がないように笑う。歌うように。まるで鳥のような声で囀る。
くつりくつり哂う。闇鴉のように。


「精々仲良くすることだ。同じ胎から生まれた弟なんだろう?」

























『 おにいちゃん、どうしたの…?おれ、なんかわるいことした…、の? 』


































青白い顔。彼もあのこも同じ顔でヒバリを見上げすまなそうに謝った。…ごめんなさい。ごめんなさい、と。
(ヒバリはただただ其れを苦く飲み込み触れることに未だ恐れ続け其れでもと渇望することを止める事出来ずにいた。 ああ、死神が哂う。其れでも。愚かしくも惨めにも。)







(終)











 アトガキ
戦闘シーンは苦手です。
2005/10/17