そうだ。こいつは母親からして破滅の道をよく知る者だったのだ。












禍  印 












暗く長い廊下を速足で歩み、常の通りノックもせずに部屋に入った途端に光が目を刺した。 なんだ一体。部屋の主の彼は無邪気ににっこりと笑いながら、キラキラとたくさんの光をその手に集めていた。 ふっと目を眇めて背後の方へと視線をこらせば、ああ、カーテンを全開にしているからか、 窓からの陽光にそれが反射し灼熱の色を白く輝かせているのか。 …それにしても、相変わらずの細い躯だ。こいつは。とても眩くそのまま光に溶けてしまいそうだ。

「やあ」
「……なんだ其れは」
「ああ、これは骸さんからの贈り物だよ」

骸。その名を聞いた途端にリボーンの中で何かがぐらりと揺れた。確かに。 其れは矢張り憎悪というものだったのか、 だがリボーンはそうと察する前に心をまっさらな色へと塗り替えていた。 そんな色に囚われることはあっては為らない、冷静さを事欠いてしまう事態程恐ろしいものはなく、 例え奴が以前綱吉の右手を折ったことがあろうと喉に消えぬ傷を負わせた事実があろうとも決して 心をどんな色に染めては為らない。そうだ、ヒバリのようにだけは己は為ってはいけないのだ。決して。 綱吉が目の前で強く笑うというのなら。

「ふん…」

そうして漏れるのは苦い溜息ひとつ。 眉間に皺を僅かに寄せたままカツカツと綱吉の元へと歩み、骸から贈られたという銀の皿をじっと見据えた。 彼は無邪気な笑顔で綺麗だよねと喜ぶ。阿呆め。リボーンはそう悪態をついた。こんな物は即座に割ってしまいたいのだが、 そうは許さないと彼が綺麗な笑顔で上手に囲って阻んでしまう。 両手でしっかりと雛を守る親鳥のように、胸に掻き抱き、……ほんの少し苦く微笑んだ。

「リボーン…」

すぅっと人差し指が唇の前に立てられる。秘密にして欲しい。美しく祈るように願う顔だった。

「俺は約束したんだ。骸さんの願いを聞くって」
「………………そうか」

骸。名前をもう一度口の中で転がせばやはりじわりと胃の腑が熱くなる。骸。 何故綱吉はあの毒蛇のような男にそうまで心を配ることが出来るのか。どうして激しく怒り唸るヒバリを必死に止めるのか。 そうすればお前もただじゃ済まないだろう事はよく知っているのだろう?
何故だ、何故そうまでして悪辣を傍に置くのか…。酔狂の枠などとうに通り越して最早見えるのは地獄の釜口。 リボーンには時折この『綱吉』という人間が解らなくなる。綱吉。ただの弱い人間である筈なのに、 自分に無い物を持って魂に芯を入れている。 それは強さではないのだが、しかし弱さでもなく、優しさという名の無鉄砲さでもあった。

(……お前は、何を信じている?奴に良心があるとでも思っているのか)

多分、そんな優しい感情が奴にあるなどとは綱吉も強くは信じてはいない。 ただ、何かを見つけてはいるのだろう。蜘蛛の糸のように頼りない一本を。 それをずっと彼は目を凝らして見つめ続け縋り続け、見失わないように傷つきながらも微笑んで見つめている。
なんとも健気なことだ。
そのある種の一途さは最早不愉快の域でしかない。だが、彼は頂点。こちらは彼が強く決めたことならば従うしかない身の上。 我ながら不憫なことだ。何故お前は。……リボーンはこのことを見ないこととした。

「隠しとけ」
「うん」

骸との約束。
それが最悪の結果を導くことではないことを願うばかりだ。

銀の皿。其れが何を示すか綱吉とて解らぬ訳がないのだから。









(終)











 アトガキ
えーっと…。
2005/10/23