集合墓地のヴァンパネラ

 ぱち。と、目を開けて天井を見た。錯覚ではなかった。どうやら、意識がある。自分の体にも触れた。
 パジャマに着替えさせられている。サイズは一回り大きい。骸のパジャマだ。
「い、一体何がどうなって……?!」
 今、寝転がっているベッドも天井も家具の配置も覚えがある。骸が使っている部屋だ。教会の、奥の扉の向こうにある。
「起きましたか」
「うわぁっ!」
「最初からいますけど……」
 ベッドの足元辺りで、六道骸は足を組んでいた。
  膝の上で両手を合わせて、オレをじっと見る。
「お、まえ、――何のつもり?」
 先ほどまでの出来事を思い出すのに時間などかからない。ベッドの上から飛び退こうとして――、中立ちになる、だけで終わる。
「あっ……」それ以上、体が動かない。
「消滅寸前までいったんです。下手に動かない方が君のためだ」
 骸はけろりとした顔でとんでもないことを言う。
 思わず指差さしていた。
「お前がやったんじゃないか!」
「確かに」
「冷静に言うなよ、腹が立つな……!」
 言ってから、ハッとする。骸は別に怒ったようには見えなかった。が、イスを引いて、オレの目の前までやってくる。
「マスターは最後までわかりませんでしたね」
 見下したような声だ。
 ベッドの縁に腰かけて、オレの右手を掴んだ。右手。ハッとする。折れていない。
「治しました。今日も僕は言いませんでしたっけ? あなたが心配だと」
「骸……? お前、何であんなことしたんだ」
 先ほどのグチャグチャにされた件を許すつもりはない。……けど、元々、六道骸はオレが集合墓地から拾ってきて面倒みていた男だ。彼は、狂っていたけど、オレの友人でもあった。
 すい、と、前髪が掻き分けられる。骸の手つきは優しかった。
 下から覗き込むようにして――骸のが身長があるから、窮屈そうな姿勢だ――、顎を掬う。口付けの最中に、徐々に背筋を伸ばしていった。終わる頃には見事に壁と骸に挟まれて、オレは、いきなり追いつめられた格好だ。
「こういうことですよ」
「げほっ……、お、おまえ。何考えて。高位の吸血鬼だったんだろ? オレなんかもうマスターじゃないし……っていうか、オレ、おまえきら」
 再び口が塞がれる。今度こそ呼吸の猶予も与えない激しいものだった。
  咽こむと、その間に骸がしみじみと呟く。
「ツナが拾った僕は本能的な部分だって言ったでしょう。で、君は僕を拾って何しました? この教会に住まわせて、面倒見ましたね。僕が何も感じないとでも思いますか?」
「本能……、って。アイツ、狂ってたよ」
「…………」
 骸はただ両目をしならせる。
 肯定でも否定でも無い。だけど、それじゃあその狂いこと骸の本質だっていうことになるが。
「厄介なことしてくれますよねえ。ただ、僕は剥き出しで立ってただけなのに……。こんな復活を遂げる日が来るとはね」
「まっ……、ちょ、近い」
 思わず顔の前に掌を持ってくる。
 骸は不満げにうめいた。
「わかるでしょう?!」
「ああ、わかった、わかったと思う……けど……!」
「なら」
 手をベッドの上に下ろされる。
 まだ整理がつかなかった。骸があんな対応でもオレに好意を持っていたらしいことは、嬉しい。嬉しくないわけがない。オレの初めてのシモベだ。
 しかし、明らかに立場の逆転してる現状を歓迎できるわけがない!
「骸……。って、お、おい?!」
「気がついたんなら続けましょう。僕のスペルマ、まだまだ必要な筈ですよ」
 冷静な口調だった。その分、余計に衝撃的で言葉を失う。
「あっ……」壁に背中をつけてしまう。
「お、お前、まさかこうなるってわかって十字架使った……?!」
「くはは。まさか」
 ニィ。口角を実にイヤミなやり方で吊り上げて、骸がオレの顎を掴む。素早かった。後頭部を抑えられ。ベッドに押し付けられる。目の前に骸の股間があった。
「欲しくないんですか?」
 どうでもいいことのような声だが、目線はしっかりオレを見ていて興味津々であることを隠し切れていない。
「お、まえ、前のが性格よかった……!」
 まだ目の焦点合ってなかったり意味不明な行動したりするアイツのがマシだった!
「同じ男ですよ」くつくつとして、オレの襟首を寛げてくる。ギクリとした。この上、吸血するつもりか。けれど骸は傷口にキスしただけで終わる。赤と青の瞳が、間近から、
「で、無くてもいいんですか?」
 と首を傾げた。言葉に詰まる。
「僕はそんな性欲の塊ってわけじゃないですし。元々、淡白なんですよね。君はどうだか知りませんが」
「……欲しい」
 じゃないと、死ぬ。
 涙混じりに呟いた言葉だったが、骸はにこりと笑ってズボンに手をかけてくる。真っ先にそこに触れてくるので、淡白というのは信じがたかった。
「お、オレはいいから。骸、中でだして……」
「僕一人だけ楽しんじゃ悪いでしょう? たっぷり善がらせてあげますよ」
 さも親切であるかのように、骸。体がすっかり先ほどの情事を覚えていて、びく、と太腿が戦慄いた。
「性格……。性格悪いぞ……」
 くふ、と、鼻で笑い飛ばされた。
「諦めるんですね。ツナはもう僕無しじゃ生きられませんよ。この体の中にある血液もスペルマも欲しくて欲しくてしょうがないでしょう?」
「う……ぐ……っ」
 オレの今後も含めて、その通りだ。骸がいなくなればきっとオレは行き倒れる。
 にやーっとした笑みを引っ込めて、
「僕はツナが欲しい」
 と微かな声でうめく。
 油断していたら聞き逃すほどの声だった。
「……利害が一致してるでしょう?」強気の声に変わる。
「そ、そう……聞こえるけど……」
 納得がいくかどうかは、別の問題だ。骸が額を舐めてくる。そうしながら、服を脱がしにかかってくる。
「骸を拾ったのがそもそもの間違いだった……!」
「けっこうですね。僕を拾わなきゃ、飢え死にしていた」
 肩を滑る掌にゾクゾクとした。ああ、毒されてきてる。でも、同種の吸血鬼とわかったからには骸からは遠慮なく血が呑める。AB型のマイナスを求めて、諸外国を飛び回る日々をしなくて住むのかと思うと……。少し、嬉しい。
「――っひ!」
「ああ。敏感になっちゃいましたね」
 ……嬉しいが、こんな状況は嬉しくない!
 六道骸はにこにこしながら実に嫌なことを仕掛けてくる吸血鬼だった。つつつ、と、人差し指で脇腹をなぞられる。中に入れてもらえる気配は全然無かっ……た……。
「ああああ! 毒されてる毒されてる――っ」
「激しいのはいやですか? くふふ。早く僕とのえっちなことに馴れましょうねー、ツナ」
 ちなみに、キスさえすりゃあ許されるものではない。




おわり



07.05.03