飢えたことを覚えていて、満たされた瞬間など在ったのかどうか忘れている。









最 愛












「殺してあげたんです、あの子がそう望んだから」

光が斜線のようにみえた。室内は朧に暗く、 窓は無防備に開かれボンゴレのボスの髪の毛先は僅かに金色に光りながらそよいだ。 紅のベルベット地のカーテンがはらりと舞った。 風に揺れて時折現れる木の枝の葉の濃厚な影。夏の午後のように 明るい日差しがボンゴレの執務室の一角には降り注がれている。鮮烈な光と黒。彼もまた影なのだろうか、 ゆったりとソファに座り、綱吉はカップに口を付けながらテーブルを挟んで向こうに座った 彼を上目使いに見つめて、ふう、と口を離しながら溜息吐いた。 彼は何故か自分の前ではいつもとびきりの笑顔で昔話をしてくれる。まるで今日あった事全てを母親に 話す子供のように、だが、実際に話される其れらといったら遠いとおい昔の出来事で有り、ふっと口許が綻んでしまう 微笑ましさなど微塵として有り得ない、澱んだ寓話じみた話なのだが。

「僕は如何すれば良いか解らなかった。如何でもいいと思っていたのかもしれない。今にも失われるような物を自分から 手離す事をした事がなかったのですよ。…ああ、誰かを育てるという事もあの子が初めてでしたね」
「あんたにだけは子供を任せないようにしますよ」
「ええ。そうですね。ですが僕は貴方の子供なら大切に育てますからご安心を」
「…………其れが更に不安を呼びますから。とゆうか俺に子供って出来るのかなあ」

この目の前に優しそうな面皮を持った人非人が子供を育てるというのも凶悪な夢だが、この自分に 子供が産まれるというのも邪悪な夢のような気がして、そっと綱吉はそっぽを向きながら深い溜息を吐いた。 子供か。その前に結婚とか奥さんはどうなるのだろうか。…きっと自分は奥さんに尻に敷かれてしまうダメ亭主になる 事だけはっきりと解っているつもりだ。 しかも奥さんは旦那なんかほっぽり出して友達と遊びに行ってしまったりとか、子供を 押し付けて旅行に行ったりするのかもしれないなあなんて…。って、そんな人は自分の奥さんになってくれないかと 気付いて、思わずぷっと笑ってしまった。うん、なんて夢見がち。自由に屋敷に出る事も出来ない男の伴侶が そうホイホイと遊びに行けるものじゃないというのに…。本当に、なんて。此処は日本なんかじゃないのに。

「僕が女性でしたら良かったのにね。そしたら貴方の奥さんになって子供をたくさん産んであげられたのに」
「わあー、すっごく気持ち悪いのですがぁー」
「ええー?いいお話ではありませんか。だってこんなに美人で頭の良い奥方なんですよ?」
「自分でいわないで頂きたい…」
「だって本当の事ですものアナタ」
「………………………俺、ぜっっっったいに絶対に!骸とだけは結婚しませんからね!?例え俺とあんたが 人類最期の人間だとしても!!」
「おや、それは素敵だ」
「なにが!!」
「貴方以外の人間など僕は嫌いなんですよ」
「………………………………………」

いいですねぇ、それ。骸はニッコリと殊更深く優しく満足そうに微笑んだ。え、とか。あ、とか。 そのどちらとも判別つかない声をあげて綱吉は骸をヒクヒクと口許を引き攣らせながら嫌悪と寒気交じりの 目で見据え、…うん、なんかいうとおもったかなあ…?と諦めと、やはり嫌悪の表情を浮かべるとそのままバタリと 脱力しきってソファーに深く沈みこんでしまった。それを失礼な態度ですよねぇと思いつつも、ハハハ、と軽く笑って骸は 楽しそうに見つめた。彼はしきりにぶつぶつと、いやだ、いやだ、だからコイツ…、とか、 何だかイロイロとぼやいていて。相変わらず暗いお声ですね綱吉くんはと骸はのほほんと思った。 だがまたすぐに、バネ人形みたいにビヨン!と起き上がるだろう事は解っていたので、 ニコニコ微笑んだままカップに残った紅茶に口をつけて待つ事にした。 綱吉は楽しい。見ていて飽きない。そして何かをふうっと思い出させるのだ。

(名前も付けなかったあの子は、カマキリに生まれ変わったのでしょうか…?)














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H18.2.18