いつかの未来をきみと。









凶 愛












「おや、何を見ているのですか?」

調達から帰ってくると、子供はごろりと腹ばいになって熱心に何かを見つめていた。 だが、一声かければバッ!と骸を見上げ、全開の笑顔でおかえりなさいといって起き上がって駆け寄ってきた。 ごめんなさい、ムクロさん!必死に縋るように謝る子供。 ようやく体つきがふくふくとしてきたその子の頭を安心させるように軽く撫ぜながら、珍しいことだとふと思う。 この子供は骸の気配に敏感で、このように己の存在を忘れられたことなどなかったのだから。 だから聞いていた。

「……えと、あの、虫を。共食いしたんです」
「おや、それは怖いですねぇ」
「カマキリ。仲良かったのに」
「ああ…」

部屋の隅の、子供が見つめた先の緑のソレを、骸はそっと摘み上げた。子供はじぃっと不思議そうに骸とその指先を 見つめ、ころすの?とちいさく訊ねた。殺しませんよ。骸は優しく微笑みながら窓を開けてカマキリを 放り投げたのだった。

「彼女はね、子供を産まないといけないのですから。此処じゃあ手狭なんですよ」
「こどもを?」
「そう。子供をね。オスを食べて、彼を彼との間の子供の栄養にして…、ね?」
「虫はそういう風にして子供をうむのですか?」
「いいえ。全てがそうではありませんよ。肉食の虫に時折あることですよ」
「ふうん…」

あれがそうなんだ。子供は知識としてそれを頭に放り込んだようだった。カマキリのメスはオスを食べて子供を産む。 あってもなくても良い知識だが、子供はぼんやりとそれに想いを馳せてしまっていた。 骸はぽんぽん、と子供の頭を撫でて部屋を出て行った。良い子でね、そういって出て行くと扉を閉めたのだった。

(そういえば、カマキリとは別名『拝み虫』というのでしたね…)





「両手が鎌だというのに、けれども祈る姿に見えるというのは、一体どのような皮肉なのでしょうねえ?」













「骸?」

パチリ、と。まるで皮膜が破れたかのような音が骸の内で響き渡った。目の前にはツナヨシのいぶかしむ目があり、 頭がぐわんと奇妙なぶれを引き起こしていた。ああ、またか。ぐらぐらとする眩暈を額に手をあて 何とかやり過ごしながら骸は自分を立て直そうとした。すみませんねえと間延びした声音で骸は目をそっと 閉じながら謝った。目裏には子供が微笑んでいた。…いいや、成長したあのこが泣きそうにわらっていた。 むくろ。いつの時代の名前も骸だった。綱吉が呼ぶ名前も骸。……ああ、よんでよんで、僕の名前を。 死んだもののように。いきてほしいって。

「なに?なんか電波を受信したの?」
「…そ、そんなぁ…。まるでどこかのランキング星の王子様みたいなことしませんってぇ……」
「いや、お前の場合は骸星だろ?それとも六道星??」
「いやいやいや…?え、?それもなんなんですか綱吉くん?」

失礼な人だ。けれども不快なんかじゃなかった。眩暈も急速に引いていき、ぶれもなくなっていく。現実に還って行くのだ。 綱吉のいる世界に…。でも目はまだ開けられなかった。本当に世界は世界であるのか…。なんだろうこの不安は不安定な精神は。 けれども怖くはないのだ。綱吉の声がするから…。
ああ、導いて欲しいのか。

「……カマキリのメスは、オスを食べて子供を産むのですよ」
「うん?」
「じゃあ、メスの胎に宿った子供の一粒くらいに、オスの魂ぐらいあるんでしょうかねぇ……?」
「あるんじゃないの?心を奪って命と躯も食べたんだからあるんじゃないのかな」















「どちらの執念ですか、其れ」










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H18.2.18