初めて覚えた欲望から何番目かの。









憂 愛












「生きる為に『食べた』虫と食べる為に『殺した』僕とでは徹底的に違うものがありますよね」

彼はひどく憂鬱そうな顔でそっと子供のような目で綱吉を見つめた。 白い部屋の中で、弱った彼はうっすらとした彩り。意外なものを見ている気分だ、綱吉もまた ボロボロの躯であるというのに、このひと程には壊れていないのだろうなあなんて、そんなぽつんとした思考が 奇妙な切なさみたいな想いを呼んだりして心がぐらりと突き動かされてしまいそうになる。 さらさらとした前髪が窓からの風に揺れ、 骸は目を静かに閉じた。そうすると、躯中の真白い包帯が何か不吉なものを封じている特別な 神聖なものに見えてしまう、…ああ、このひと死んでいないよなあなんて思ってしまった。 悪い妄想だ。このひとはもう、『人間』の筈なのに…?

「骸、お前が何を言いたいのかなんて知りたくはないから」
「助かります。僕もまた何を言いたいのか解りませんでしたから」
「そっか」
「はい」

窓をしめてください、ちいさい其の呟き通りに綱吉は窓を閉めてやった。そうして振り返れば骸は じぃっと綱吉を食い入る眼差しで見つめていた。人形のような表情。けれども目だけは生臭く獰猛にギラギラとしていて 其れはなかなかに恐ろしく、綱吉はぎょっとして思わず後退してしまった。……またか。 彼は時折突然、猛然と火口のように怒りを噴き出させ、しかしその一方でくしゃりと泣きそうな顔にもなるのだ。 まるで感情のコントロールが為っていない。それとも綱吉という存在がそれほどまでに不快なのか…。 どちらにしろそんなどんな場面においても、 その度に綱吉は慌てて、巡り合った『障害』を深く大きな迷宮の中を必死に駆け巡る気分で彼に接してどうにか しようと精一杯に努めた。本当に、彼は一体なにものなのだろうか。本当に…、どうしてコレで人を従わせれたのか。
…………どうしろと?

「なにか、飲み物でも持ってこようか…?」
「……………」

自分は彼にきっと何も出来やしない。何を与えてもやれない。其のことはきっと真っ先に骸の方が気付いたんじゃない だろうか。けれども、其のことに逸早く知らない振りをしているのも彼なのだと綱吉は思う。 骸は期待したフリをして何者にも期待しない。心の底はぴたりと閉じている。鍵穴もなくつるりとした扉、接着されたように。 開かず。
けれども試すような言葉を零した。

「…僕の、覚えている限りの最古の記憶は空腹感でした。それを満たす為に僕はころした」
「え…」
「僕が今空腹だとしたら、貴方は満たすというのですか?」
「あ、あの…?」
「僕の為に誰か殺してくれるのでしょうか?」
「………………」
「『ボンゴレ10代目』?」

冷徹な眼差しで骸は綱吉を突き刺した。く、っと右の赤い目が嘲りのように色鮮やかに歪む。華麗なる非対称の顔。 左目はシンとした静かな色でもってひたりと見つめている。うつくしい顔だった。歪でありながらも、何かが澄みきっている。 純粋だった。なにものを疑わず、その手にあるものが全てだという思考は純粋だろう、綱吉は何故かそう思った。 骸は骸の内しか知らない。其れが彼の絶対な世界。秩序。彼はふっと目を閉じ、そうして、顎をそらして天を仰いだ。 まるで敬虔な祈りを捧げている姿、いびつだ、しかしうつくしいのは…?なぜだ、はらりと言葉はもれた。



「僕は貴方を食い千切ってしまいたい。 其れはどうしてでしょうね?貴方を見れば見るほど飢えるのですよ僕は」



















(いきるためにひつようなものが他のものなのだということはたくさんわかっていたよ。)













それでも、貴方が?






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H18.3.6