神 座












おかしいことに、そういうことなのかと気付いたのは傍にいれることになって少し経ってからだった。 人の子の成長は早い。道のりは長いのか、そう例えるべきなのか、その道のりは複雑に曲がりくねっているものらしい。 そう、それがしっくりとくる。彼らの道のりは驚く程に曲がり角が多いようなのだ。 おやおや。そばにいたのに、少しだけ悔しくて、けれども誰も気付いてないようで、……ああ、いいや、 あの呪われ児だけは理解しニマリと笑っているのだが。やはり悔しい。 だって彼は知らぬ間に驚く程に、大きな暗い穴の孤独を握らされたのだから。


「……貴方は、ひょっとして誰も頼れないんですか?」

疲れた色を顔に張り付かせながら、でもきちんと無傷で頬に返り血なんか塗られながら微笑む綱吉に、 骸はすこうし首を傾げながら問うてみた。 今ならリボーンもいない。敵陣で二人だけだ。そして敵も今では息の根が止まってしまっているのだから、 本当に絶好の機会としかいいようがない。 骸はふぅと溜息を吐きつつ、きょろりと辺りを伺い、一応天をも仰いでみた。耳をすます。 ……ああ、本当に二人だけなのですか。 緊張する。綱吉は血塗れの拳をコートのポケットから取り出したハンカチで拭っており、あとは待機していようという 腹積もりなのだろう。此処はもう制圧されたのだから…、新手が来たとしても彼には余力があるから 大丈夫で……。骸は寂しくわらった。ニコリと口元をやわらかくほどき、まっすぐに綱吉を見つめる。 彼は淡々とした目で、ほろり、微笑んだ。もう大丈夫ですよ。 きびしいことを平然といいのけた。

「まったく、本当に貴方は強くおなりだ、心も体もね」
「それはどうも。この十年のボス稼業のお陰でしょうね」
「実際に襲名したのは五年前でしょう?」
「いいえ、十年前ですよ。仲間を持った時点で始まっていたのですよ元敵でした骸さん」
「それもそうですねと言っておきますよ十代目殿」

まったく。骸は皮肉気にわらいながら、カツリと足を踏み出して綱吉に近付き、 そっと頬に飛び散った血を指の腹でぬぐってやった。ありがとう。 おざなりの礼を述べて骸の手を振り払った。 あなたもよごれてしまいますよと、穏やかな口調ですっと線をひく。これだ。 彼は触られることを極端に嫌がるおうになっていて、あの山本武のあたたかく慣れ親しんだ手さえ やんわりと遠ざける。 出会った頃の彼はそういう形の情をはしゃぎ喜んでいたというのに、どうだこの変貌ぶりは。 本当に何処でどんな寄り道をしたのか。 返り血をぬぐった指の先を見つめながら骸は暫し思考した。 脳裏には青い空と向日葵のような笑顔の彼。幼い容。まっしろなシャツがはたはた風になびき細く華奢な 体を際立たせた。それでもあの、笑みはうつくしくうれしそうでがんじょうなものだったのだ。 ちいさな激情。つたないなりの気丈さ。のばされる腕はためらいなく光を愛していた。

(けれども…、)

一体なにをなじればいいのだろう。彼の今の姿は賢明な判断より為されている。 何も間違ってなどいない。けれどもどうだろう…。この目の渇きと腹の底からくる得体の知れない 怪物のような感情は。 望んでいなかった。彼は確かに強く為った。迷いのない名君。けれどもけれども。 誰もがきっとその姿に大不満なのだ。だって、誰もが惹きつけられたのは『彼』の姿勢であり 心をゆっくりとぬるめる笑顔であり言葉なのだから。 今の彼はそれらがごっそり抜けてカラカラの心で笑っているようなんだ…。







「………俺は、別になんの悔いもないよ。だって。守れるならいいじゃないか、たとえ命だけなのだとしても」











きみたちをこんな世界につれてきてごめんね。彼はふわりと冷たくほほえんだ。











(終)











 アトガキ
カラオケで書きました。(爆)
2006/05/29