……ひろったおぼえはない。











調 教












バキン、と硝子が折れた音がした。思わず脳内がくらりと廻る。彼は何とも烈しい目で 己を見つめ唸っていた。グッと拳を握って伸ばされた腕には静脈がくっきり浮き上がっており、 その様はまるで蔦のように、ざわざわ巻きついているようでほうと溜息を吐いてみたくなった。 だがしかしそれよりも。ああ。 …ああ、彼の腕がしろくしろく、知らない男の腕のようで気味が悪い。 なまあたたかく、するりと伸ばされた腕。骨張っている。そうして…、彼は。 ばらりと真っ赤な雫を飛び散らせた。…どろりと、何とも冷たく烈しい鮮麗さだろうか、 すぅっと幾筋も流れていき……、そこからよろよろと目線を上げてみれば、 彼は片頬を引き攣らせたようにせせら笑っており、くっと喉をさらし顎をそらして骸を見下した。 カラン、カラン、握っていた破片は呆気なく落とされビチャビチャと赤い滴りが後を追う。 白と赤。まっしろな腕を蔦と真っ赤な蛇が伝う。 彼は覚えておけと嘲った。 彼は真紅の絢爛を手にし、舐め、そしてその手でもってバシッと骸の頬を張り飛ばした。 瞬間にビシャッとぶちまけられた音、 散る雫はなんと綺麗な綺麗な…。


「此れがお前の為に流した血だ。もう二度とない。此れが命だと覚えておけ」

バシッ、バシッ、と彼は骸の胸倉をつかみ上げ繰り返すくりかえす。命はたったひとつ、 命はたったひとつ。お前の奪ったものといつか奪われるだろう俺のものの差異などない。ないのだ、ないのだ…。 甦り、代用品、頑丈な、そんな命などひとつとしてないのだ。くりかえすくりかえす。 彼は途轍もなく苛立ち、そして激怒している。 目の前は真っ赤だ、けれども彼の内は真っ青な感情に支配されているのだろう。 骸はわからなかった。わかろうと思わない。ただ彼のくれるものがなんであろうと 飲み込もうと微笑み、あなたがすきですよと愛を謳った。

「好きです好きです綱吉君。貴方が愛しくて狂いそうです。いいや、もう狂っているのでしょうか? 貴方がくれるもの、貴方の存在、貴方が僕を見てくれるのなら、 僕はどんな事も厭わない、まだまだ殺せます、まだまだ殺しますから安心してください、 僕は貴方の為ならどんな労力も厭わないのですから」

「では今すぐに死んでくれ死んで詫びてくれ、お前が俺の為にしたことは何一つとして俺を喜ばさずに消耗させていく。 やめてくれやめてくれ、もういやなんだ。俺はもうお前と一緒に死んで詫びることなど出来ないからせめて…、せめて、だ」

「?」

「いいや、もういい、なんでもない…」
「綱吉君?」





















「お前なんか置いていくよ」


(終)











 アトガキ
そういえばおれこんなやつひろったっけかー?と気付いた綱吉(…………)
2006/05/30