「……むくろさま?」









ひとさらい












ちょこんと、少年はふすまの向こうからちいさな顔を覗かせて素純なる瞳でもって背の高い青年を見つめていた。 彼は畳の上にぼうと座り、そしてくいっと顎を上向かせて屋敷の外を眺めていた。 時刻は夕暮れ。少年はどろりとした色の太陽を見つける。 そして、…真っ赤な色に塗られた座敷はまるで惨劇の痕ようでゾクリと背筋が粟立ったが、だがしかし、 しかし何とも心躍る美しき景色でもあり、思わず俯いてぎゅっと心の臓の上あたりを鷲掴んだ。 こわいのにきれい。おそろしいのにうるわしい。少年の喉奥から唸り声が漏れ出て行く。 こわい。おそろしい。………。もうひとつ言葉が胸に浮かんだが其れは少年のわからぬ意味だった。 代わりに唸る。こわい、こわい、おそろしい、…ふきつ?いいやいいや、こわい、おそろしい、……ああ、なんだろう なんだろうか? 少年が頼るべき青年は相変わらず浴衣の裾からなま白い色の足をすらりと出して胡坐をかいている。 彼は知っている筈なのだ、この言葉を。そして待っているだろう…。 哀しいほどに優しく凍った横顔。口元は華のようにふんわりと……。真っ赤な空を。ほの赤い滑らかな首筋を黒髪がぱらりと流れた。

「むくろさま…」

とうとう、綱吉は泣きべそをかきながら青年の名を呼んだ。わからない。わからないのです。 血塗れの貴方は怖くないのに、灼熱の光に濡れる貴方がとてもこわくておそろしくて、うつくしくて、そして、心がきしみます…。 彼は綱吉の啜り泣きにも反応しない。ただ空を眺める。綱吉は耐え切れずにわあわあと泣き喚いた。 おれをかえしてくださいと。
かえしてください。 其の言葉にだけは骸はピクリと反応した。ギシギシと白い顔がゆっくりと首をまわして幼い少年を 哀しそうに見つめた。……僕はね。細い腕をすっと少年の方に伸ばしながら、彼はぽとぽとと滴る雨水のような口調で語りだす。 ずりずりと四足の獣のような格好で這い、ただ右腕だけを少年の頬へと伸ばしながら、彼は、懺悔のような 祈りのような、苦い口調でとつとつと少年に語り出す。なかないでなかないで。僕はまよってしまう、いいえ、 もうすでにいろいろとまよっているのですから。そうっと起き上がって少年の顔を慎重な仕草で覗き込む。

「……僕はね、未だに迷っているんです。貴方を攫ってきてからずっとずっと、迷いつづけてばかりです。 君を此処で僕だけの物にしてしまう事がとても幸せで不幸のない揺ぎ無いことと思っておりましたが、けれども このまま箱庭で暮らして君を飼い殺しても僕は君に心を奪われないのです。」

僕が君から奪うばかりなんですね?
骸の手は幼い子の頬に触れるか触れないかでぴたりと止まる。少年もまたぴたりと涙をとめて まあるい満月のような瞳で彼を不思議そうな目で見つめた。膝立ちの青年はちょうど少年の同じ目線であった。 麗しい顔がすぐ目の前だ。不思議な赤と青。 むくろさま。少年は貧乏な暮らしの身の上で、このような天国のように調度のそろった家の主を 尊く美しい神様のように呼ぶ。骸はニコリと微笑んだ。かなしい。この子は。彼は。

「また心を奪われる為に『えいえんのもの』を繰り返す為に不幸を知る為にやはり君を野生にかえすべきなんでしょうねえ僕は……」

むくろさま?綱吉が呟くその言葉に美しい顔を歪ませ、とうとう骸はそのちいさく細い肩に額を擦りつけた。 きみといたい。ただその願いだけ叶っても心はどうしても『彼』を追い求めて止まないのだ。









(終)











 アトガキ
和風がすきです。(そうかい)
2006/06/03