『神様、どうかどうか彼を甦らせてください。その為になら僕はどんな事でも致します。』









ロミオとジュリエット












骸は暗く深く闇の底に蹲っていた。彼は永遠に生きることをあの瞬間に与えられたのだ。神様。 彼は彼をそう呼んだ。彼は彼にこういった。これから貴方はわたしの為に生きなさいと。 骸は勿論頷いた。彼は血塗れの最愛の者の抜け殻を胸に壊さんばかりの力で強く抱いていたのだから。 彼は盲目になっていた。彼を甦らす為ならばどんな事も厭わないと彼に縋ったのだから。 甦らせてください必ず彼をこの子をこの人を大事な人なのです失ったらもう僕は生きていけない、 だからだからだからだからどうかどうかどうかどうか、この人の魂をお願いします命をお願いします。 必ず黄泉返らせてください神様…!!!喉が張り裂けんばかりの血色の叫びであった。彼は沈黙を長く 横たわらせたが、しかし、確かにしっかりと頷き、是と返答したのだ。それから骸は彼の奴隷となり永遠に 生き永らえた。すべては最愛の者をもう一度胸に抱く其の約束の日の為だけに。

骸の与えられた仕事はたったひとつだった。骸は呆気ないと思った。 其れに苦はまったく感じなかったが、しかしどれだけの年月をこなせばと哀しい気分になった。 もう何百年と、神様が連れてきた人間を殺してきた彼の望むことを叶えてきた。 さあ、あとどれだけだろう。あと何人だろうか。 哀しい。君とまだまだまだまだ僕は出会えないのですか。骸は時折闇の底から空を仰ぎ手を伸ばした。 何もつかめないと思いつつも、自分の顔を覗き込む彼を思い描きまろい頬に手を滑らせた。ああ、 逢いたい…。目を閉じると、もう、擦り切れそうな程に幾度も思い浮かべてきた 彼の輝かしい笑顔がまたパッと咲いた。ああ、逢いたい逢いたい、君を抱き締めたい…。髪の匂いを思い出したい。

「………?また、殺すのですか?」

コトリ、ちいさな足音が聞こえてきた。神様がまた連れて来たのだ。彼はどんな理由によって殺させるのかなんて 全く明かさないし、骸としてもどういう目的があってかなんて探ろうとも思わなかった、それに探ってみたとしても 全然解らないだろう。彼が連れてくる人間は 皆全てただの人間であった。女であり男であり子供であり、ただ老人はいなかった。白く輝き弾けるような新鮮な命。若い者ばかりだ。 当初は抵抗されるだろうと構えたものだが、奇妙なことに彼らは。彼らは……。ああ、これが神様の連れてくる人間の 共通的なことなのだろう。そう、彼らは皆骸に黙って殺されてくれる。何も請わない。 静かに立ち尽くし、または頭を垂れて後ろ首を晒したり、 表情は闇の中に埋って解らないが、……以前、クス、と微笑んだひともいた。 奇妙な人選だ。如何でもいいが今はもう。

「ああ、だけど、……頼んでみましょうか?」

ぽつんと、願いがあたまのなかに浮かんだ。目の前にやってきたのは少女であった。息使いとその存在感の儚さで なんとなく解った。骸としては今回は少年の方が良かった、けれども少女でも良いと思った。骸はすぅっと 少女に近付き、その細い首を優しく絞めながら掴んだ。ヒッと小鳥のような声があがった。そして久しぶりに触れる 体温に骸は哀しくなった。失われてしまう瞬間をたくさん知っている故に。少女は従順に動かず固まっていた、歯を ガチガチ鳴らせている。怖いのですね、骸は軽やかな音色の声で紡いだ。少女は微かに首を振る。いいえ、とちいさく 呟いた。まるで鈴の音ような声。骸はニコリと微笑み、僕は骸といいます、どうか名前を呼んでやってくださいと お願いごとを口にした。神様はそれにハッとしたが沈黙した。ちゃんと骸は少女の首を掴んだ方じゃない空いた手で しっかり槍を握っていたのだから。はいはい、ちゃんと殺しますからね神様。骸は胸中でそう言葉を紡ぎながら、 ねえお願いしますよと少女に更にお願いした。少女はゴクリと喉を鳴らした。きっと囁いてくれる筈だろう。そう確信していた。





「…………骸、俺はお前に殺される運命を選んだよ。お前に何度として殺されてあげる、それが俺の愛、 永遠不変の愛だよ。俺はもうお前の愛した俺としてもう生まれることなど出来ないのだから」



ザクリ。少女は手を伸ばし骸の槍を持った方の腕を取るとそのまま素早く其れで胸を刺した。 神様の血塗れの声が骸の脳裏へごめんといって滴り落ちてくる。ごめん、ごめん、ごめん、ぽとぽとと、 あいしてるんだとせつなくしとしと滴り落ちてくる。 神様は本当に彼の神様であったのだ。とてもよわくてしたたかなあのままの、…ああ、なんて愛しい所業でしょう。 こんなに深く愛してくれていたなんて。

「……ええ、ええ。許してあげますよ。貴方だって僕の居ない世界なんて嫌だったのでしょう?僕を忘れたくなかったのでしょう? だから僕を忘れてしまった自分を僕に殺させた…。ええ、僕はとてもその醜さが愛しいですよ。僕をこんなに 寂しがらせて悲しませても平気なんて素敵ですよ」

あいしてるあいしてるあいしてる。骸は何度も何度も繰り返し愛しく紡ぎながら哄笑し、幻想に終止符を打った。地獄で 彼が待っている。胸に穴があいて血塗れですけれど貴方とお揃いだから嬉しいですよ。








「…ああ、…そ、ぅ、そう、これが…、君の髪の……」

匂い。清潔な甘い匂い。変わらないね。触れた、触れた、君の死体でしたけどまた、でも思い出せた。幸せな心地のままに 瞳を閉じた。骸の腕の中には今度こそ綱吉が。




(終)











 アトガキ
もっとさらーっと終る筈だったような…?(あんれー??)
2006/06/15