そう、其れはまるで麗しきコドクというものだ。









双 生 児












姿形はどうしたって似ても似つかない。声さえ。指の形も爪先さえ。仕草。瞼を伏せる瞬間までも全く 揃わないのに、それなのに何故だろうか。ひとは二人を『おなじだ。』という。其れを不快なものだと骸は 感じたことなどないのだが、けれども其の言葉はすっと自分の心の底を乾かしてくるような…、 それとも何処かをカランと空虚にさせてしまったような気持ちにしてくるのだ。 どうしてだろうか…?すりっと綱吉の膝の上に頭をすりつけて猫のように甘えながら骸はじっと考え込んだ。 目を瞑ると恭弥の冷たく真っ直ぐな横顔がシンと雪よりも冷静な色で浮かんでくる。白い肌に黒絹の髪が散らばる。 黒曜石の瞳は闇よりも深く鋭く彼方を見据える。ポタリと赤い雫。頬をぬらりと。首にも肩にも胸にも…。
不思議だ。
彼は恵まれた環境に居るというのに。なに不自由なく命も奪われる理由もない生まれだというのに。
骸は綱吉の名前をふと紡いでいた。彼は返事をかえさない。骸は目をうっすらと開いて、…また閉じる。 うとうとと午睡の波の中に揺れている風情。しかし彼の頭の中は澄み渡り思考も冴えていた。恭弥。 拒絶もせずに受け入れもせずに真っ直ぐな背中の揺るがない人間。彼には青空が似合うと骸は 強く思えて思わず口許が緩やかに弧をえがいた。雲ひとつない、何の悪い予感もさせない、 圧倒的な青が、綺麗で綺麗過ぎて落ちてきそうなくらいの濃厚な青い空が、彼には…。 骸はクスクスとわらいだしながら、君によく似合う、ゆっくりと丁寧に呟いた。

「…なに、骸?」
「ちょっと面白い思いつきが…、ね?」
「またヒバリさんのこと?」
「そう、恭弥には傲慢を踏み潰す姿が似合うなと」

ねえ、そうでしょう?ゆっくりと瞼を持ち上げ夢見るような無邪気な瞳で骸は綱吉を見上げた。 するとおざなりな返事のように軽くするっと骸の顎のあたりを綱吉の冷たい手が撫でた。 ゆったりとソファに座りながらも綱吉は現在書類と睨め合う事が大事だ。 骸はその合間から伸ばしてくれた手に目を細めながら、彼の掌の感触を味わうようにそっと顎から頬へ、 瞼の上、額、鼻先をすべらせさせて最後に唇を押し当てた。 口を開けば言葉は振動と共につたわる。あたたかく濡れた吐息を舌に絡めながらうっすら唇をひらいて…。

(彼にはね、重苦しいまでの真っ青な空がよく似合います。それはどうしてか?それは簡単です。 だって彼はまるで真っ黒な真っ赤な真っ白な素晴らしい圧倒的存在感の生き物だからです。 高潔で穢れないひとなんです。誰よりも血の似合うひとなんです。黒く歪んでいないのです。 真っ直ぐ過ぎて眩暈がします。純粋過ぎて泣きたくなります。笑い出してしまいそうなくらいに嬲ってしまいたい 衝動を突き動かします。まるであおぞらのように…、何もかもに無関心な無慈悲な、何もかもを 許して許さない、振り向かない真っ直ぐな、拒絶した拒絶などしていなかった姿が好きですよ僕は…、)

「なに、惚気?」

くすぐったいよ、そういって引き抜こうとする手を一瞬だけ引き留め口づける。ちゅっ、と軽くついばんだ後に 手はゆっくりと引き抜かれていき、そっと額を撫でていった。また恭弥と似てるといわれたんですよ。 骸はちいさく告白した。そしてまた目を瞑る。綱吉。名前を呼んだ、それに続けようとした言葉が 絡まって出てこない。似てはいない。綱吉だけはそう言ってくれる。骸はそっと目を開き、ひらひらと 視線を部屋中に流してから、唇を湿らせてから、再度頭の中で言葉を組み立ててから、……ゆっくりと目線を 綱吉へと定めた。








「また、六道が君の仕事の邪魔をしたんだって?」

どかっと革張りのソファに彼は腰を下ろした。少しだけ彼らしくない粗雑さが匂う仕草だ。 だがそんなことに綱吉は気にせず、いつものへらりとした笑顔で彼の言葉に対して肯定も否定もしなかった。 執務机には、彼の両脇には書類がたんまり溜まっているのだが。

「ま、いつもの事でしょ?」

さくさくとサインをしていく。ぺたぺたと判も押したりもする。雲雀は口を真一文字に結んだような顔で じっとりと綱吉を見つめ、いつものこと、それに妥協した。軽く溜息を吐いて、すっと身体をソファに預けて くつろぎ体勢へと変じていく。雲雀には骸のこだわりが解る。綱吉にも。骸はこだわる。 雲雀にはどうだっていい事のように思うが、しかし、心はそれを無視出来ない事を自覚していた。 にている。にているだろう、しかし、同時に似ていないのだと心は叫ぶ。似ている。似てはいないだろう。 似ているのだとしたら。
綱吉。
雲雀は珍しく苦笑を口の端にのせながら上司の顔を伺った。彼はきょとんとしたまるい目で雲雀を じっと見据えた。そして次の瞬間にふわりと笑顔をのせて、おもしろそうに口を開いた。


「俺が骸にヒバリさんを殺せと命令したら、骸はヒバリさんを迷わず殺してしまうだろう。 そしてヒバリさんに骸を殺せと命令したら、ヒバリさんは躊躇わずに骸を殺してしまうだろう。 けれどもその達成後に死んでしまうのが骸。生き続けるのがヒバリさんですよね?」

「わお。そんなことを言ってやったのかい?」
「ええ」

……あってるよなあ。綱吉は今更になってバツの悪そうな顔で書類に向かった手を止めて後ろ頭を 居心地悪そうにかいた。あってる?首をかしげながらビクビクと雲雀にお伺いするところは出会った頃から 変わらず、思わず、ぷっと雲雀はちいさく吹き出した。小動物じみたところを未だ持つとは貴重なものだ。 雲雀は上機嫌なように足をすっと組むと、ニヤリと口の端をあげながら訂正をくわえた。

「六道に僕を殺すと命令した場合、僕は君を殺すよ」
「え!」
「六道の眼の前でね」
「え〜〜!」

雲雀は綱吉の心底嫌そうな恐々とした視線を気持ちよく受け止めてクスクス笑う。綱吉を殺す。 それはとても爽快なことだろう。君を手に入れる。一度はやってみたい、やってみたらどうだろう? 甘い誘惑が心を疼かせる。骸も雲雀も綱吉の持ち物だ。骸は雲雀の傍を選んだ。骸は綱吉を心の底から 求めている。雲雀は骸の求めに無関心に応えた。骸のたった一人の王は昔からずっと綱吉ただ一人だけ。 それは雲雀もそうである。骸の傍は冷たく冴え渡る空気のようでシンとした麗しい雪の日を思い出すのだが、 綱吉の傍ほどに安心する場所ではない。 二人は同じひとを求めている。求めながらも独占することを同じく諦めている。 二人の関係は妥協か、そうではないかは未だに解らないが、愛しいと殺してしまいたい衝動を抱くことは真実 のように横たわっている。
綱吉を本当は求めている。
だから、にていたくはない。あいしている。本当のこと。にているのだとしたらプライドが許さない。
にている。おなじいきもの。
『自分を愛する。』
それは傷の舐め合いでしかなく、またそれは孤独の深さを物語る。

『綱吉を得たい。』
二人が孤独であるのならば、二人は蠱毒の壷の底にいるということであり其れは悲惨な結果だ。











(終)











 アトガキ
何とも謎な作品に…!ちなみに試作段階。もうちょっと考えてみようと思うのだ。
2006/08/06