あの頃のふたりがまるでお守りのように。













赤 薔 薇









 自分は狡い人間であっただろうか、そんな言葉が滑り出しそうな、はらり、はらり…、午睡から目覚めた綱吉は思わず眼の前の光景に泣きそうになった。まるでまるで、ああ…。真紅の花弁が降って来るのだ何某かの慈悲の形のように。美しく。優しく…。はらり、はらり…。彼が。綺麗な、彼の真っ白な指先から夢の出来事のように零れ落ちてくる。はらはらと…。彼はシンと涼やかな眼差しで底知れない深淵の色を切り取ってきたかのような深く重厚な真っ黒な瞳で綱吉を長く細い黒絹の前髪の隙間から見つめ伺っている。夜のようにひっそりと沈黙した其れ。そしてゆっくり繰り返している、手は休まらずにゆっくりとゆっくりと美しく繰り返す。…くしゃりと、真っ赤に咲き誇った薔薇を掌で握り締めてばらばらと砕いてはそっと、ソファに横たわっている綱吉の上にすっと腕を伸ばし淡々と降らせている。雲雀さん。綱吉はまるく見張った眼差しで彼を見上げた。綱吉の身の上は真っ赤な花びらで埋め尽くされそうだ。肩にも胸にも足にも、長い髪の先にも万遍なくまるく紅い花弁が降り積もらされている。少しでも身を動かしただけでぱさぱさと音がしそう。綱吉はどうするべきかと悩む…、彼は無表情のまま。声も平淡に、起きたのかいと紡ぐ。握った掌を開いて綱吉の顔の横にまた赤い花弁を降り積もらせながら。

「……あの、何をしているか聞いてもいいですかヒバリさん?」
「見ての通りだよ。花を君の身の上に振り撒いてる」

妙なことを聞くねぇ君もという雲雀の言葉に綱吉は情けなくわらった。この人に行動の意味を問うことなど無意味だと知っていたというのに、本当に何を聞いてしまっているのだろうか。馬鹿みたいだ。綱吉はそっと額の上にのった花弁を指先で摘み上げてみてまじまじと眺めた。すり、と指先を動かして感触を味わえばまだ瑞々しかった。鼻先に香る芳香も素晴らしいものだ。立ち昇る誇らしい香り。こんなにもバラバラにされているというのに。綺麗なかけら。真っ赤な。綱吉は泣き笑うような目で雲雀を見上げた。彼は綱吉の横たわるソファの後ろに椅子を持ってきていてそれに腰掛けながら片腕で抱え持った花瓶からまた新たな薔薇を取り出そうとしていた。神さまのような美しい指先を持つ綺麗なひと。こうして黙っていれば、…そう、黙っていれば。綱吉は身体中から力を抜いて彼の遊戯に付き合うことを決めた。どうだっていい気分なのかもしれない。寝転がる猫のように怠惰に身を任すように目をゆうるりと細めた。ヒバリさんが好きですよ。残酷な気分だった。

「花で埋め尽くしてあげるよ。君以外の全てを殺めるように」

 またはらはらと振り撒かれる。
 此れは彼の後悔の形なのかもしれない。彼のものになんか為れない自分を糾弾する声なのかもしれない。綱吉はにっこりと微笑んだ。残酷な気分だった。愛されている。残酷な自分でいたいと思う。あいしている…。顔の横に殊更振り撒かれる。まるで棺桶の中にいる気分が満ちてくるよ。こんな世界にやってきたのは貴方の為でもあったというのに、どうしてこの人は自分だけが悪いような気分にさせる名人なのだろうか。綱吉はふっと目を閉じた。ヒバリさん、ヒバリさん…。

(貴方は一体俺に何を求めているのですか貴方は俺に強さをですかそれとも弱さを求めているのですか?)

真っ赤な鮮血のような花弁が綱吉の上に降り積もり続ける。雪よりも冷たい花弁だ。とうとう瞼の上にも振り撒かれながら綱吉は雲雀の叶わぬ夢想に付き合った。冷たい指先の奏でる願い。切ない祈り。美しい花のような永遠の過去。振り返るという行為は通り過ぎたということだと哀しく思いながら。

 それでも貴方を強く強く愛している。

(終)











 アトガキ
破滅的ですよねヒバツナって★(ニコ!)←………………。
2006/08/19