かわいそうなひと、知らず零れた言葉はなんとも悠長な響きであったが、真摯に紡ぐには傷口は深すぎたのだ。









きみをあいしています。












ほそい指先や薄い肩から流れてくるのは甘い匂いというには何処か空虚さが綯い交ぜとなっていた。虚実の花か。 綱吉はくん、と細い首筋に鼻先を寄せながら彼女の体臭をそう評してみた。虚実、か。花というには華やかさが足らず。 虚実だよ。そういってみれば何かがカチリと当てはまる。美しいだけでは女というだけでは花と評せ無いのか彼女は。 まるでこの女の存在感というもの抉れている。マイナスからマイナスへと進むように。決して零にもプラスになることもなく、 何処までも澱み、澱む事無く、美しいけれど、醜い気もして、けれども美しくて、醜い気もさせて、常に悄然と、積極的にあるがままに何処にも存在しないように……。 眼の前の彼女を眺めるといつも『無』という状態に『無』という名前が存在する矛盾さを見るような気分になる。

「どうしましたか、綱吉くん?」

するりと彼女の腕が綱吉の首を巻き取った。 そして、ぽんぽん、と乳を吸う赤子をなだめるように肩甲骨の浮き出た背中をひっそりとてのひらで叩いた。
綱吉は彼女を抱いていた。


(これは…、なんだろう?彼女は慰めてあげるといった、けど…、)

慰め。慰めか…。ひとに憐れまれてしまう部分が常に自分に付きまとうものだが、 それとは別にある事である事によっての憐れな部分を持ち合わせていたのか。 慰められるような憐れさがあるのか。このような手段の慰めを必要とした、…のか。
果たして自分は慰められているのか、それとも愛しているのか。愛していないのか。
愛は紡がれてばかりなことに今更に気付く。眼の前の壁は実はドアノブのない扉だったみたいな。 忘れられた部屋。開けることもない(出来ない、)鍵も見当たらない部屋。眼の前にあった。
でも…。

(だからなんだというのかなぁ…。俺は一度として求めなかったし今も、)

「俺は慰められているの、髑髏さん?」
「おや、今更それをききますか」

なぐさめてますから。ちゅっ、と軽く湿った音をさせて彼女は綱吉の額に口づけを施した。やさしいものだった。 まるでぐずる子供に贈るもののような。ひどく穏やかな。

「骸の代わりをしてあげてるんですよ、ねえ、愛しいひと?」

ぎゅっと細い両腕で綱吉の頭が抱えられた。やわらかな乳房のなかに顔がうまって、鼻がその豊満なふたつの間を抜けて、 細々と何とか息は繋がったけれども。でも何故かとても息苦しく、綱吉はくるしいよとちいさく呟いていた。

「……かわいそうですねぇ。貴方、そう貴方がですよ?僕なんかを身代わりにしないといけないなんて」

身代わりなんて僕じゃなくてもいいじゃないですか。ちっとも責めてなんかいない、むしろころころと笑っているような 口調で髑髏はうたった。あなたをあいしているんです。愛をかたる。騙る口調。あいしているんですよ本当に…。 とても悠長な響きだ。下肢はまだ濡れていた。…ねえ、もういちど。強請るように瞳を潤ませ、綱吉の頭を解放した。

「かわいそう、か…」
「そう…、僕なんか身代わりにした貴方はもう僕から離れられないから」
「別に、かまわないけど?」
「おやおや…、そんなこといってよろしいのですか?」
「だって、もう諦めてるからね…」
「ひどいひと」

クスクス笑いながら口づけをはじめる。ねえ、きっと来年にはあなたはパパですよ? (ほら、きっとぜったいのがれられない…、 あなたったら子供には何処までも甘いんですからねぇ?)髑髏は熱に浮かされ始めながら、 此処に居ない『彼』をせせら笑った。だいすき。あなた素敵!僕ははじめての感情にこんなにも 溺れている…、あなたがくれたものです、あなたがのこしてくれたものです…。 なんて愛しいことでしょう、君もあなたも。

「……ほんとうに、なんで僕なんかを抱いてるんですか綱吉くん?」
「それは君が求めたから、そして俺は逃げられなかったんだよ情けないことに…」
「ひどい、なんてひどいことを平然と、」
「ひどくしたって君はきっとなにもかわらないよ。君は骸の身代わりを名乗り出てるのだし」

…あ。と、綱吉の口がまるくおどろいたように固まった。いっしゅんだけ。次にはぷっと吹き出して笑い出していた。 情事の最中なのに、なんでそんな風に笑い出せるのだろう。だるくゆったりとした口調が拭われていき、腹を抱えてまで 笑い出しそうな綱吉の腕をぎゅっときつく握り締めて、髑髏は眉を顰めさせた。興醒めになる。いやだ。 続きをして欲しいのだ。綱吉くん。ややキツイ口調で呼び止めた。

「…あ!ぁあ…、す、すみません!なんか、俺きづいちゃったんで…!」
「はぁ?」
「あいつね?俺に愛されたいとか思ってなかったんだよ…!!」
「………は?」
「いつだって、終りを見ていたから…、俺はまあ、そんなもんかなあと付き合ってたんだろうな」
「……………………」

ぱふっと綱吉の頭が髑髏の胸の中に落ちてくる。俺は、あなたが好きだなあ…。ドキンと胸の鼓動が跳ね上がった。 ちろり、ちろりと…。胸を小さな舌で舐めている彼。

「俺は身代わりを求めれる程に器用じゃないし、身代わりをする人のことを無視出来ないんだ。 でも。それでも身代わりを求めるとしたら、 身代わりを求めてしまう程に求めてしまった相手を失ったなら、俺はきっとこの世にいない気もするよ?」
「……つ、つなよしくん?」

カァーッと腹の奥底から炎のような熱が急速に湧き上がってくる。どうしよう。…はずかしい。 なんでこんなにも無防備に裸を投げ出してしまえたのだろう。
胸の上からのそりと綱吉の顔が持ち上がる。そろりと乳房が彼の掌に包まれる。左。心臓の上。 耳があつい…。

「君には骸の身代わりなんて出来ない、これは単なる口実。どうしてそんなに俺といたいの?」
「……………」
「髑髏が望めば俺は愛するよ」
「……………」
「あいつはね、愛されたくなかったみたいだったけど」
「骸はもういません」
「そうだね。でもどっかで生きてそうだけどね骸は」
「生きてません、僕が貴方の守護者になったのだから」
「女の人はこわいね…」
「僕は貴方の方がこわい…、こわいんですよとても、」
「そう…」

俺は執着されることの理由がわからなくって、そっちのが怖いんだけどさ、と。綱吉は平然といいのけて へらりとわらった。骸が生きていたのならきっと彼女に殺されてしまうんだろうなとか淡々と思いながら。 (女として絶対に繋げれるものを持てる彼女が、不明確で、たどたどし過ぎながらも綱吉と繋がることの出来る 存在を許すわけがない。おそろしいから。)


「………かわいそうなひと」

綱吉はゆうるりとした口調で紡いだ。俺はきっと彼女の存在に慰められているしきっと後悔もするのだろうと 胸の内に燻らせながら。(いきててもいいよ、二度と逢えなくていいよ、ただ、きっと…、彼女から 産まれたこどもにお前の名前をつけるかもしれないんだけどね。)





(終)








 アトガキ
あれー?オチは髑髏ちゃんの筈だったのになー!!ぷぷー!前半の髑髏評が見事に無残!!!(爆笑)
2006/09/24