僕の母は僕にそっくりなひとだったのでしょう。鏡を覗き込めば僕は彼女との逢瀬も容易くまた父の残酷さを思い知りますから。









僕の食卓










俺が15の時にお前を彼女は連れて来たんだよと目玉焼きを口に放り込みながらのんびりと語る父にまるで僕は捨て子 じゃあないですかと紡ぐ。どちらかというとやり逃げされて子供を押し付けられたという表現の 方が正しいのだろうが、そんなことを言えば彼は口ごもるのだ。僕はちゅうがくせい。 モラルとか思春期とかが程遠いものであることは父がよく知っているのに、なんでか、……教育上うんぬんとかいうのだ。 まったくちぐはぐなひとだ。おかあさんは死んでしまったんだよとか常識的な嘘をつかない男のくせに。

「骸ももう来年には15歳かあ…」

うすぼんやりとした茶色の瞳が懐かしむように細められ、もごもごと口を動かしただけでゴクンと飲み干す。……ああもう。 またあんまり噛まずに飲み干しましたよこのひと。はあ、と諦めの溜息を吐きながら眉根を寄せた骸は父の為に ミネラルウォーターを取りに行った。きっと次は絶対に喉を詰まらせる!低血圧な…、というよりも夜更かし好きな 父は朝は本当に生命維持装置がすっからかんに抜けている。もそもそと猫背で、ぼさぼさの髪でパジャマのまま (しかもボタンがとれててよれよれで…)まるでゾンビか痴呆症の老人のようにのろのろボロボロと朝食をとる。 時折口の中にものがはいったまま寝ることもよくあった。働き盛りともいう30男のすることじゃあないだろこれは。 まったく頭のいたくなるほどに面倒で粗大ゴミの方がまだマシな存在だ。 どうせ朝も昼も夜も関係ない職業についているのだから寝たいだけ寝ていればいいというのに…。

「…ッ!!!」
「はい、水ですよ父さん」

ピタ、と動作が止まって硬直して、ググググ…、となんか身体が傾いでいくような やや浮上していくようなそんな微妙な奇妙な動きをし始めた父に骸はすいっとなみなみと水のそそがれたコップを差し出した。 それをぐっと掴んで、んぐぐ、とか呻きながら彼はごくごくと飲み干していく。 喉にものがつまって苦しい時でさえ動作は愚鈍なものだ。

「あ、ありがと…」
「いえいえ」

ぷはっ、とようやくひと心地ついた彼が毎朝ちゃんと食卓につくのは骸と食事をとりたいからだ。 ……例え、朝起きるのが骸におんぶにだっこ状態であっても。 あと五分とかいうくせに。それでも。父は…。骸は胸の内から湧き上がってくるジンとした痺れをぎゅっと押し隠して テレをぐっと押し殺して父の頭をガツンと叩いてやった。

「ったーーー!」
「夜更かしも程ほどにしてくださいよ。じゃないとあなた死にますからね?」
「い、い、…いま、しんだ。脳細胞のいくつかだって…」
「そんなの貴方にありませんから大丈夫ですよ」
「…あるよぉ」
「学習力ないじゃないですか」
「……あるとおも」
「ないですから」

絶対に。鮮やかにきっぱりと少年が否定してやれば彼は苦虫を何個も噛み潰した顔で黙り込んだ。 彼はこの骸に口で勝てた試しがない。諦めのはやい彼はまたもそもそと朝食をとり始め、今度はちゃんと さっきよりも多く噛みながら飲み込んでいった。

「やっぱり、そっくりだ…」

少々いじけた口調で、でも彼は、懐かしむようにほのかに口の端をゆるやかにしながら呟いた。







母とは父が14の頃に出会ったという。
そして骸が産まれたのは15の頃なのだから、どれだけ性急な関係だと 骸に咎めたい気持ちが浮上してくる。けれども…、父はのほほんとした顔で、暫く逢わなくなってもう二度と逢えないのかなーと 思ってたらいきなり生まれたばかりのお前を連れて来たからびっくりしたよ?とか平然と笑いながら語るのだ。 正直、脱力する…。その当時、けっこう大変な騒ぎだったらしいが、彼はそんなことを微塵も感じさせない 口調で安らかな寝息のような何でもないことのような口ぶりでいつも話した。一目みてお前は絶対に髑髏に そっくりだってわかったよと。まだ頭に毛もはえてなかったし、眼だって開いてなかったのにね?とか…。 クスクス笑いながら、ちいさな骸を膝の上にのせて、その頭に顎を乗せて、ごろごろと甘えながら抱き締めて。

『なんか、さ。彼女の執念を見たよ。意地でも俺に似せないで自分そっくりな子を産んでやったってね。 しかも男の子だしさー、本当にもう本当に髑髏には感嘆の声がもれてしまうよ』

なあーお前のお母さんすごいだろー!とかいう父は一般的な感覚から相当ずれている。そしてどの点がすごいのか 解らない…。自分そっくりの子供を本当に産み落としたことなのか。そこまで父にそっくりな子供を拒んだことか。 初めてそれを聞かされた時には何とコメントしていいのか解らず骸は棒きれみたいな足をぶらぶらさせて父の温もりに酔うことに集中したが、 今になると彼女のその『執念』というものの在り様が手にとるように解った。…そう、父は人でなしなのだ。 彼女にはどうして耐え難かったのだ。父と同じ色の生き物を生むことが。 いつだって彼女は恐ろしかった…。おそろしい、おそろしいと…。 矜持をかなぐり捨てて父の胸の中で泣きじゃくりたかっただろう。

『髑髏はきっと今もどっかで生きてるよ…。多分俺とはもう二度と逢わない気で、でもお前とはいつか出会う気でね?』

本当は父にそっくりな男児が産みたかっただろう母。子宮いっぱいに愛しい男にそっくりな子供を身籠りたかっただろう…。 父のすべてを奪えないなら、その片鱗くらいはと…、そうも考え。けれども、けれども…。きっと、根深い絶望になることを 賢しくも勘付いてしまったから胎に呪詛をかけたのだろう。しろく膨らんでいく生あたたかい腹にギリギリ爪をたてながら。

おまえも彼を愛せばいいと。

父の血など一滴も宿るなと。宿るな宿るな宿るな…。情愛の欠片など一筋もたらすことなく彼女は呪っただろう。 後悔すればいい。もう、自分は絶望していると。それを知らぬ振りしないで思い知ればいいと。(父は母を見送った。) (追い縋られたいと願う母を笑顔で見つめた。)父は母の執念を知っていても微笑むひとだ。 彼女に対して情愛を育んでいても、彼は決して引き止めない。父は母を理解した、ほほえんだ、彼女が自分から 逃れたいのだと気付いた。彼女にとって自分は毒の実だと知っているから。

『………愛してるよ、髑髏を。お前を産んでくれたしね?』

父は自分の懐にいれたものなら何だって愛するのだ。愛して、愛して、(それは懐柔にも似ている、) 決して縛らせない。縛らない。縛らないから決して追い縋ることも追い求めもしないで笑顔で見送る残酷なお人好しだ。

『勿論お前だってとても愛してるよ。お前もいつか彼女のように居なくなってしまうのだとしても、俺はいつでも 笑顔で愛し続けてるから…』













(だれが。)











「……僕を手離したら誰が貴方の世話をするというのだ、誰が僕と食事をするというのですか綱吉さん」

父は残酷な人だが、悪人ではない、そして真実をいくつも知っている恐ろしいひとだから。 (僕もいつか母のように父と過ごした日々が呪わしいと激しく嘆く日がくるのだろうか…)



(終)











 アトガキ
途中で投げただろ感がほのかに漂う…。笑。あれの続きとしてみてもいいし、べつものとしてもいいですよ。
2006/09/25