たちいることなかれ。ここには『僕ら』のかみさまがいるのです。









SWEET HOME !?












沢田家の門の前には堂々と『猛犬厳重注意!!』という立て看板がぶっさされている。はい? それを見た者の感想は一様に摩訶不思議な心地だ。猛犬…。あまり達筆な文字ではないが、しかしながら 必死に訴える様がなんか伺えてしまい、…へー、そうかー…等々の感嘆の息はもれる。でも、だからといって、 猛犬?こんなところに猛犬?沢田家は…、といってもそこには物書きで生計をたてている青年が一人住んでいるだけなのだが。 両親をはやくになくし、祖父から受け継いだ広大な敷地(山ひとつ)、大きな屋敷、屋敷はそう…、まるで山奥の寺のように、門扉から 相当離れたところにこじんまりとあるらしい。(といっても『屋敷』と評されるのだから、…まあ、広大な敷地のなかに ぽつんとあるのだから、大きな目で見てみれば『こじんまり』といえるのだろうが、しかしやはりそれなりに大きいものなのだろう)

「ここが、かの有名な……」

ギィ…、と鉄の扉を押し開くと、眼の前はうっそうと茂る木々に挟まれた道。 アスファルトでコーティングなんかされてない田舎の土臭いゴツゴツとした道だ。 バスで来なければよかった。男は思った。これならば充分車が通れる道幅だ。 沢田綱吉先生の家のことは噂できいていた。山の中にある屋敷なのだと…、だから車など通用しない 山道なのだろうとか思って…、そして男は脚力や体力、ついでに腕力だって自信がある! 最近運動不足なのだから歩こうと思ったのだが…、『時間』とは残酷なものだ。歩くのはいい、だが、『待つ』というのは…。 バスは二時間に一本だった。残酷だ。愛車でくればよかったと後悔は本当につきないが、しかしながらそうして 思考をぐるぐるしたって一歩も踏み出さないのはいけない。男ははあ、と重い溜息を吐きながらなだらかな道を歩みだした。
木々の隙間から零れおちてくる陽射はころころと道にころがり、……夜になったらこの道は相当暗いもんじゃあないか? とか気づいたが、まあ今日は久しぶりに良い天気だと男は思考を摩り替えておく。早くにお暇しよう! どうせ原稿をもらってくるだけなのだから………、すでに出来ているのなら。





(今日はおとなしくしていなさい。 僕らのかみさまはそうおっしゃいました。)



クスクスと笑う声がザァッと通り過ぎた風の中に混ざっていた。葉擦れの音だろうか。 男は温かい陽射にぬるまった空気の中でそう思った。またザッと強く風が吹いた。砂埃が 巻き上がり、数瞬だけ瞼を閉じてそうっと開けば眼の前に子供がふたりたっていた。そっくり同じ顔が二つ並び、 また美しく磨きあげられたように輝かしい顔立ち。二人は型違いの豪奢な洋服を纏い、 そして、片方は髑髏のついた眼帯を右目にしもう一方は眼帯などせずに代わりに紅玉が嵌め込まれているようだ。

「あなたはだあれ?」

リン、と涼やかな声が眼帯のついた子供から発せられる。隣にたつ子供に擦り寄りクスクスと可笑しそうに 笑い、だれでしょうねえ…、と紅玉の瞳の子供がのんびりと応えて二人は両の手のひらを合わせて…、 柔らかく指を絡ませて遊ぶ。子猫のように頬に頬をすり寄せ合い胸をくっつけ合い耳元に囁き合い、 じゃれあうように楽しくふたりは身体を密着させた。まるで恋人同士だ、いや、恋人同士ではしない種類の 睦みあいなのかもしれない。何処か奇妙なかたちなのだ。二人は正面から向かい合い両の手のひらを合わせて 指でかっちりとお互いの手を封じている。眼帯の子供は紅玉の瞳の肩に頬をおいて、そして紅玉の瞳は眼帯の子供の 頭にちいさな顎をちょこんとのせて……、そうしてふたりは男をじぃっと見上げた。微笑みのかたちの人形。 そう、人形だ…。ふたりは楽しくどれだけ笑んでいようと、どこかがカラカラに渇いて冷め切っている雰囲気が拭えない。

「彼がお父様のいっていた方でしょう、姉さま」
「ああ、やはり?」

このひとは違うと思ったのにねと眼帯の子供が屈託なくわらう。こちらが姉か。そう男は判断した。それにしても なんてしっかりした喋り方をするのだろうか。年の頃は9つくらいに見えるというのに、それなのにとても丁寧な ゆったりとした言葉を繰る。ちがうとおもったのに…、また、眼帯の、姉の方がふいっと男から視線を外しながら 紡ぐ。それと共にクスリと先程とは種類の違う笑みを紅玉の瞳の子供がこぼした。ちがわない。否定。 だが何かを肯定していた。ちゅっ、と軽く唇で姉の額にふれて紅玉の瞳のこどもはふんわりと可憐に、眼帯のこども からまるで花びらがこぼれ落ちるようにさらりとはなれた。

「彼からは血と臓物と硝煙の臭いがしますよ」

ザッ!!と男から血の気がひいた。瞬く間に脳裏に烈しい警鐘が鳴り響く。双子はニンマリとチェシャ猫のような 笑みを浮かべて舌なめずりをしている。あそぼう。どちらかがつぶやいた。いや、同時なのか。 人形の手がのびる。四本のしろくいとけない手。 ふたりは同時にちいさな両手に装飾の施された槍を手にしていた。

「お前ら、一体…!!?」

男は無意識にスーツの懐に手を伸ばしたが、彼の望むものなどそこにはありはしない、なぜなら、もう縁を切ったのだから。 逃げるしかないのだ。しかし、背を晒すわけにはいかず、じりじりと後退するしかない。カチャリと二人は 槍をかまえる、槍の切っ先を男に向けて、にこりと微笑んだ。まっしろな無邪気な笑みは泥臭い。 クスクスクス………。

「お父様をおたすけするのよ、兄さま」
「お父様をおたすけしましょう、姉さま」

さあ、あそびましょう?
さっと白い煌きが男の頬を冷たく掠めた。トン、と軽い音がした。目の前にふたりはいない。背後を素早く振り返っても おらず、鬱蒼と茂った中で双子のわらい声が鈴の音のように軽やかに響いた。にげなさい、きっと眼帯の方が囀っている。 おいかけましょう、紅玉の瞳の方が歌っている。どうすればいい…!男はドクドクと痛いほどに鼓動を高鳴らせていた。 現役の頃でもこんな目にあった覚えなどない。まったく異常な事態だ。ヒュンヒュンと音がきこえる。 ぽつぽつと陽射が零れる平和な小道がこんなにも恐怖の対象になるとは。

「………、くそっっ!!!」

逃げるしかない。走って走って、何処までも……!どの方向へなんて解らなかった。 ただ眼の前を真っ直ぐに男は駆け出した。ヒュン…ッ、と頭上を細長いものが鋭く通り過ぎた。 当てる気はないのだろう、…男はギリギリと張り詰めてぐちゃぐちゃに混乱していたが冷静な部分もあった、背筋を冷たい汗が つたった。双子は遊んでいるのだ。その気まぐれがいつまで続くか、所詮は子供…。
子供。

『お父様』とは誰だ?

男は足抜けの際に、ある者によって追っ手のかからぬようにしてもらった。 彼はまったく『生まれ変わった』のだ。彼を知る者のいない、このような辺境の国のまたのんびりとした街に住んでいる。

「そっちへはいっちゃ駄目よ…」

パッと眼前に逆さまの眼帯の子供の顔がひろがった。くふふ、可愛らしく人差し指をピンクの唇の前で立てて微笑い…、 ニコニコと思いっきり槍で男の横っ面を張った。 火花が散り脳がぶれる…!男の身体はガツンとしたたかに樹木に叩きつけられる。こどもは身軽にくるりとスカートの 裾を翻しながらトンと何事もなかったようにじょうずに着地した。

「もうおねむ?」

コトリと首を傾げながら、ずるずると崩れ落ちていく男に子供は目をまるくする。加減したのに…、そう残念そうに 呟きながらちいさく溜息を吐いた。役立ったのだけれど…。とても後悔の念が深い溜息をもうひとつ零す。

「………おこしてしまおうかな?」

おきなさそうだけど…、そう諦めながらも子供はトコトコと男に近付く、…槍の切っ先が陽射にキラリと光った。 さすがにこれでつつくわけにはいかない。血で汚れてしまうかもしれない。子供はちょこんと男の横にしゃがんで、 そっと首を伸ばして男の顔を伺う。…ねてるみたい。(気絶している。)

「…ッ!!」
「誰だ、てめえ…ッ!!」

ギチリ、子供の首が大きな手で締められる。白鳥のように細く細い骨の首だ、このまま、ほんの少しでも 力を加えてしまえばパキリと壊れてしまいそうだ。まるで飴細工。子供はあうあうと喘いだ。 男をびっくりした目で見つめる、…そこに恐怖はまったくない。純粋におどろいてるだけとは…、 恐ろしいガキだと男はズキズキと痛む背中や熱の集中する顔に耐えながら睨みすえ観察した。 子供の手から槍は手刀で容易く落ちた。

「おい、片割れ…!!てめえの姉がどうなってもいいのかぁ!!大人しく得物下ろして姿を見せろ!!」
「別にどうなってもいいですよ」

サク…、と、男の頬の薄皮一枚がめくれた。すすーーっと、首筋を冷たいものが舐めるように這う…。 思わず、ぎゅっと更に子供の首を絞めてしまい、ぐ、と子供が呻く。

「…でも、離していただきたいので、どうかお願いしますよ」

つめたく、また感情のこもらない声が淡々としたたる。紅玉の瞳のこどもが男の横にたっていた。 男の背後には樹木。左腕で眼帯の子供の首を締め上げ、その反対側からぬっと片割れの子供は槍を突き出しているのだ。

「僕たちは二人いなければならない。欠けてはいけないのです。お父様の決めた絶対の理なのですから」

さあ姉さまを離してください…。ひらり、ぺたぺた…、刃先で男の肉の柔らかい部分、首筋や腫れた頬をなぶる。
おそろしい。
その言葉が何十回とぐらりぶらりと男の脳裏で廻り巡っていく。殺気など何処にも無い。『虫けら』を見つめている。 男は冷えて固まりそうな指を無理にギシギシと動かし、……子供の首を解放した。途端、けほけほと咳き込む。 だがそれもすぐに治まり、喉をすりすりと撫でて…、すぅっと赤い痕を消した。

「どう?兄さま」
「ええ、大丈夫ですよ姉さま」

眼帯の子供は立ち上がり、ぱたぱたとスカートについた土を払うと紅玉の瞳の子供の傍によった。どうする? 聞こえてきた声は少し困っていた。兄さまが脅し過ぎるから…、すこし責めた口調で眼帯の子供が紡ぐ。

「うーーーん…」

くるりと器用に槍をまわして男に向けた切っ先を天へと向ける。こうしても男は引き攣った顔で微動だにしない。 魂が抜けたマヌケ面だなあと紅玉の瞳は肩をおとす。つまらない。では、あとは……。

「首だけ出して埋めますか!」
「埋めるんじゃない!!!!!」

すぱあーん!紅玉の瞳の子供の頭が平手ではたかれた。きゃあ!眼帯の子供がこどもらしくに声をあげた。

「「お父様!!?」」
「え”!!!?なにそのキモい呼び方!!!」

ぜえぜえはあはあ…と、全力疾走してきたよれよれの青年は、双子の呼称にはっきりと鳥肌たてた。き、気持ちわるー!! そう目尻をひくひくと引き攣らせ、紅玉の瞳の首根っこを掴んだ。

「ひどいよぉ…、この格好に似合う呼び方なのにー!」

眼帯の子供がぷくりと頬を膨らませながら、ぴとりと青年の腰に抱きついた。それはごめんねえ…、若干こちらには 甘いらしい。申し訳ないような声で述べながら空いた手でそっと小さな頭を撫でてやった。

「あ!ずるいじゃないですか!!この男をこんな風にしたのは姉さんの方なのに!」
「なっ!」
「………………………」

すっと青年の目が細まる。髑髏。冷えた声にぶるりと眼帯の子供が怯えた。ぶわっと瞳を潤ませ、ガタガタと今にも 泣き出しそうな、ぐっと嗚咽をもらしそうになるのを堪えながら、ご、ご、ごめんなさい…、と一生懸命に紡ぐ。 おねがい、嫌いにならないで……!!必死にそう許しを請うている。ちいさく、ちいさく萎縮した躯。 先程男に見せた残虐性や愉悦に満ちた顔は何処にもなく、ここにはただ愛を一途に求める子供がぽつんと 存在し恐怖に泣いているのだ。

「……女の子なんだから、おしとやかにしないと駄目だろう?」
「はぃ…、」

厳しい眼差しだ。キンと冷えて固まった清らかな瞳。水晶のよう、温もりが一片としてない。 こどもは、また、ごめんなさいと懇願した。青年はこれくらいでいいかというように嘆息してカラリと雰囲気を一変させた。 首根っこ掴んだ子供の方を一度くっと持ち上げた、だが…、ぺいっと放り投げた。

「なんだってお前らはそうやって訪ねてくる人みんなに襲い掛かるんだかなあ…」

物騒な子供だ。
猛犬注意って看板あるから不法侵入者いなくて、その分の被害は出ないからいいけどさーとかなんとか いいながら青年は呆けたままの男にそろりと近付いた。ぺちぺちと頬を…、叩こうと思ったが見事に腫れていてなんだか かあーなり申し訳ない気持ちがどろどろと湧き出て躊躇してしまう。…いっそ、ここは、…おもいっきりなぐって夢の 出来事にしてみるか?そんなことをちろりと考えてしまったが、やはり平和的にー!ということで肩を揺することにした。











(続)











 アトガキ
長いのできってみることにー。(でも次回がみじかそうだ…!!/汗)
2006/10/03