はるのひざしよふりそそぐがいいまるでわざわいのようにあざわらえよきみ。










春はいけないな、彼はポツリと零した。 柔らかな髪の上にそっとのった白く艶めく桜の花弁はまるでちいさな貝殻のようでとても不思議な印象を与える。 彼は頭を振ることなく花弁をまたはらりと肩に後ろ髪にくっつけたまま微笑み、 また思案するようにそっと指先を口許に触れさせた。…なにがいけないのだろうか。 コトリと首を傾げる髑髏。綱吉は遠くを眺めるような眼差しだけれども、本当は俯いて足元を見つめる瞳をしている。 暗い場所を見下ろしているのだ。さくり、歩を進める度にはたはたと白いシャツが風に浮かされる。 髑髏にはわからない。 桜の並木を彼と歩いているのか暗い待ち合わせの場所に向かっているのか。 頭上の空は青くまっしろいのに。彼の胸の内に夜が蹲っている。声もかけられない。 ただ、彼の歩む道の後ろを付き従う。桜の花弁が舞う道、彼の突き進む道、 彼の背中を長い栗色の髪が踊り花弁がすらすらと纏いつき振り落とされていく。 どこへいくの。髑髏は綱吉の背中をじっと見つめ、そっとついていくしかない。どこに…。 わかっているけれども知りたくなかったから。だから知らないふりして、…迷子のふりをする。
目をつぶる。

「…冬に死んだ魂は雪に閉ざされるんだってさ。 だから、春はいけない。桜の美しさもいけない。春は喜びの季節だなんて嘘はいけない」

硬い声音、でもやさしく響く。 綱吉は天を見据えたが本当は何処を見つめているのか…。 顎をそらしながらつんと上を向きながら、…ああ、まるで雨を待っているようだ。 雲ひとつない空は悪意のように広がっている。彼はゆるやかに目元をゆるませ、やがてそっと瞳を閉じた。

「この雪解けの季節は本当にいけない…。本当は死んでいるという事に気付かない亡者で溢れて迷惑だ、ねえ髑髏」

髑髏には何と答えればと逡巡する心はない。 亡者と断じられた彼の微笑みが脳裏に鮮やかに甦り、そして、……つなよしくんはあいかわらずやさしいなあ と喉元までずるりと蛇のように這い上がってきた声を必死に押し戻すことに腐心した。

桜の下には鬼が眠っている。


(終)







 アトガキ
12/22に某所においたものー。
2006/12/26