* * はじまりのうた * *












 それきり、彼は口を閉ざしてしまう。ジリジリとした暑さと煩く響く蝉の声の中に消え入りそうな声だった。





  * * *

 ぐいぐいと骸に引っ張られた先は彼のマンションであった。 ボンゴレ監視下の。カチ、と視界の隅で光ったものはカメラだろうか。 扉の中に滑り込む瞬間に見つけた。普通なら有り得ない角度だと思う。 こんなにまっすぐに扉を見つめるカメラだなんて。 しかも小型でめったに見つけ出せない、わかったのは直感が働いたからだ。 綱吉はバタンと閉じた扉に思わず背中を預けて、はぁ…、額抱えて重苦しい溜息を吐いた。 きっと家に帰ったらリボーンになにか言われるのだろう。憂鬱だ。憂鬱…。 今ちゃんとした形で迫ったものは骸だったことを思い出し、綱吉はふっと顔をあげた。 そういえば、腕をとられていたのだ。 骸は未だ綱吉の腕を握り、憂鬱そうな溜息を吐いた少年を無感動な眼差しでじぃっと眺めていた。 色違いの眼差しはまるでビー玉のようだ。子どものような目をしている。 本当に、この男は…。繋がれた腕の先の男の顔にはもう先程のような感情の読めない笑顔はなかった。 彼の肩越しから見える空間はカーテンが閉じられ、そして生活臭というものがちっともうかがえなかった。 憂鬱だ。 またさっきと同じ言葉が頭の中を巡る。首筋を汗が滑り落ちた。気持ち悪い。 薄暗くて少しばかりひんやりとした部屋。空が見えない昼下がり。暗がりの中にふたりきり。 ぱし、と骸の腕を綱吉は振り払った。 それにぎょっとした眼差しを彼が向けてくるのに対し、綱吉は肩をすくめてみせた。

 出口を知っているのだろう?
 迷子のような顔をしないでくれ。

「お前は本当に俺のことを気にし過ぎるよ…。本当に、俺にはそれがわけわかんないよ骸」

 殺せばいいのに、こまるけど、でも、それで。
 解放されることをこいつは知っているのだ。それなのに。
 けれどもしない理由があって、それが骸が綱吉を構う理由とは別で、そして綱吉には到底思いつかないこと。 でも、それが解ったらきっと自分はイタリアとかに遠くに逃げるのだろうことだけなんか解っていた。 そう、それは喜ばしいことなんかじゃない。ひどく厄介だ。実は気付くなと奥底で願っていることなのかもしれない。

「骸は俺をどうしたいの?」

 そっと手をのばす。それがなんなくぺたりと彼の胸に届いた。 心臓の音が聞こえそうだ。僅かに服が湿っている。彼の手のひらは乾いていたような気がするのに。

「骸は俺にマフィアになって欲しいの?」

 きっとそんなことなど願っていないだろう。 綱吉自身も未だにそれは宙ぶらりんな未来像だ。 なるわけがない。なれるわけがない。それがぶらぶらと頭の中を巡って何処かを安堵させる。 綱吉にはこの町を遠く離れるだなんてことがちっとも思い浮かばない。 学校は高校までは行くだろうとか、大学はどうだろうかとか、 勉強は苦手だ、嫌いだからと。高校はきっと山本と同じところに行くかなとか。 それとも山本は別の野球の強いところへ行って自分とはたまに逢う付き合いになるかもしれない。 でも親友なのはきっと相変わらずでとか……。ああ、口許が知らず笑えてくる。
 ああ。
 骸のいる未来は描けない。

「俺がお前と違う生き物なんてこと、なんでこんな笑えることのように思えちゃうんだろうなぁ…」
「………」

 骸は暫く無言だった。ひたりと胸に触れる掌の上に骸の渇いた手が重ねられた。 ひどいことをいう。ちいさく、やっと、声が聞こえた。 それは本当に俺がひどいことなのかな。綱吉はふっと思ったが黙っておいた。 掌はやんわり掴まれ持ち上げられ骸の頬に触れさせられていた。汗のひいた冷たい肌だった。


「僕は、君を知りたいと願っている、けれどもきっと僕は君が意図したような形に君の言葉が聞けないかもしれない」











(続)






※ 加筆修正とかします。