その苦しみを受け止め飲みましょう…。
髑髏には兄が居る。 産まれた時から傍に居たその兄は現在彼女の傍には居らず、たった一人の大事なその兄を牢獄の中へと突き落とした相手こそが現在彼女の傍には居た。 奇妙な現状…。現実をうすぼんやりとした目で見つめる彼女でも時折そのように思考するのだから、此れは大変異常な事態なのだろう。しかも『こんな世界』において。 それなのに、車は静かに雪道を走っていた。 その後部座席で髑髏と彼は会話もなく、ただ静かに窓の外のしんしんと降り続ける雪景色を眺めている。時折道行くひとの声が響くだけ。運転手はじっと運転に集中していた。 静か過ぎる…。雪は今朝から降り続けていた。昼に一度だけ止んだ。街灯がもうそろそろ点き始めるだろう。 (すこしさむい…) もうあれから一年くらいは経つのか、ふぅっと冷えた指先に息を吹きかけながら髑髏は淡々と月日を回想した。 雪がちらちらと舞う、この儚さとよく酷似した情景の中で初めて彼と出逢ったからなのか。……後に、それよりずっと昔に逢ったことがあると彼自身から聞かされたのだが、生憎髑髏はその時自我の曖昧な赤子の頃であったのだから覚えているわけがない。 それなのに彼はにこにこと微笑みながら大きく為ったねと頭を撫でるのだから正直困った。 髑髏にとってはあの桜の園こそが永遠に彼との初めて出会いの場面。固く揺るぎない。あの柔らかな真珠のような光景、やわらかな色彩、まるで慈愛のような優しい色彩の中でゆるりと歩を進めていた彼がその目が…。とうとい。あまりにも其れは大切で大切過ぎた…、壊れそうに、ガラス細工のようでとても澄んだ輝きで鳴り響くもの、何度として思い出してもふわりと涙を滲ませる愛しさ。 「ああ、ごめん!髑髏」 「…!?」 突如。ばさっと目の前に臙脂のマフラーが飛んできた、…いいや、ちがう、髑髏は目をまんまるに見開かせてパチクリと瞬きを繰り返した。これ…。それが誰のであるのかを明確にしようとした途端口を塞ぐように綱吉はきゅっと柔らかくそれで髑髏を包み込んできた。 「やっぱり薄着だよなあ…。顔なんか真っ白だし寒いよな?寒いよね…?」 ぺたぺたと頬に触れたりして、やっぱり冷たい!と騒ぐ彼。自分よりも随分大人なのに相変わらず口を開くとたちまち同年代の男の子のようになってしまうから不思議。不思議な魅力。心がふんわりする。 髑髏はぱっちり見開いた目をゆうるりと照れくさそうに細めると、大丈夫、その一言をちいさく紡いだ。 「ボスが寒くなっちゃうよ?」 「大丈夫、俺はあったかいから」 じっと大人の男性用のマフラーでぐるぐる巻きにした華奢な少女の体を真剣に見つめながら、綱吉は、…やっぱり可愛い格好をしたいからって充分にあったかい格好をしないのはいけないなあと渋く呟いた。髑髏は本当に平気なのに。寒さや暑さには強いから。大丈夫…、そうもう一度言おうとしてふと髑髏はピタリと口を噤んだ。 「……ボス、ほんとうにあったかいの?」 「うん。割と大丈夫だけど?」 ぺたりと綱吉のてのひらは髑髏の頬に当てられたままだった。確かにあたたかい。そのぬくもりにこっそりと吐息を零しながら、髑髏はもぞもぞとマフラーの中から手を出して、頬に触れているその大きな手にそっと添わせた。 「じゃあ、ボスがいればいい」 「へ?」 「ボスの近くはあたたかいもの」 「……………湯たんぽ?」 「……………」 くりっと首をかしげながら微妙な笑みをはりつけている、でも綱吉はやさしい声でもって、いいよと一言囁き髑髏の肩を抱き寄せながら了解を返した。 綱吉にとって髑髏は妹のようなものだ、だからこんなにも容易く触れてきて…、髑髏がそのひとつひとつにどれ程の あたたかな至福を感じ一方で青く冷たい切なさに苛まれているのかも知らず。ひどいひと。綱吉にとって妹。 または娘。だからとても甘く柔らかな笑顔で触れてくる。大きく為ったねといった笑顔のまま。 髑髏にはその認識はせつなかった、でも…。どんな女よりも近くに居れる特権がこの身に降るというのなら。 それで構わない。 そばに、そばに…、そのぬくもりをくれるというのなら。髑髏は苦くはかなく笑み、そっと彼を呼んだ。すき。 彼の鼻先が髑髏の髪に触れた。 (……気が、ふれそう) 「寒い?」 「ん…」 さむいといえば、ぎゅっと抱き締めてくれるのだろう。くるしかった。髑髏はいいえと答えた。 (終) アトガキ ※年齢設定 ツナ⇒24歳 髑髏⇒14歳 骸⇒年齢不詳(笑) 某所に5月3日になげたものー。 2007/12/08 |