見上げる瞳がゆらゆらと淡く甘ったるく揺れて 其れはまるで夢のような出来事のようでした。ああ、ああ、…貴方はそれでも微笑むのですね花のように。









円環の白












「こんにちわ、何度として逢いましたが、『初めまして』」

ニコリと笑った顔は聖人そのものであったがまるでチェシャ猫みたいでオカシイなあと白蘭は思った。 自分が『オカシイ』なんて思うのも奇妙か、いいやいいや、珍しいねえとのんびりと思考しながら白蘭は目の前の 男と穏やかに握手をかわした。あ。手もちいさいな。言葉にしたら失礼なことがすっと思考回路に甘く染み渡る。 彼はボンゴレのボス。10代目?……確かニホン生まれ?うん、日本だ!白蘭はにんまりと笑った。沢田綱吉! ツナと呼ばれていると報告書にあった筈、そう、ツナ。ツナくんと呼ぼうか、…そうしようとふわっと口を 開いたところで彼の目がちいさくチカリと光ったのを見た。

「呼ぶな。今は、まだ、呼ぶな」

ファサ、と視界のすみで彼の外套が白く翻り落ちた。口許に冷たい体温。覆われている。そしてギチリと首に なにかが食い込んでいるじゃあないか…、ああ、それも指か。白蘭は冷静だ、冷静に彼の動作に瞠目した。 確かにこの会談は非公式なものだが、罠じゃないのは確かだ。 だって、場所もなにもかもを此方が用意させてもらったのだし…、不利なのはアチラだ、ツナくんの方だ。 白蘭は不思議そうな目で自分の口と喉をぎっちりと閉ざす彼を見つめた。…しずかな目。朱金に輝く琥珀色。 その鮮やかさは鴇の羽根のようじゃないか?綺麗だなあとそればかりがうっとりと脳内を犯していく…。 綺麗だねえと苦しい息を吐き出しながら笑った。笑うと彼は眉をふにゃりと歪ませた。あなたは。 声もなく唇は紡ぎ、同時にさっと手を離して、そしてまた力無く笑った。あなたは。あなたは…。 ぐるぐるとした、軽く混乱したような泣きそうな声が俯いてしまった彼の口からぽたぽた滴っている。 白蘭はやっぱり彼はオカシイひとだなあと首をかしげた。 殺す気もないくせに苦しめるのはよくないよ。幸せになりたくない人みたいだ。

「…呼ばないから、顔をあげて?」
「いやだ」
「どうして?」
「お前の顔は不快だ」
「?…そう?」

ぺたりと頬に触れた。別に変な顔じゃないと思っていたから、そういわれるのは初めてで白蘭は吃驚した。 綺麗じゃなかったのかなあ…。そうたくさん言われてきたのに、…そうかこの世は嘘吐きばっかりなんだ。 遠い目になりながら白蘭はそっと彼の顔に自分のを寄せた。彼はちいさい。白蘭は背中をまるめねばならなかった。 そっと、そっと。彼の頬に触れた、拒絶されることも予想していたが、案外楽にすっと触れさせてくれたから、 これもひどく驚いてしまった。猫みたい?気まぐれなそれを連想する。ぽたぽたと零していた言葉をきゅっと締めて 彼の唇が震えていた。

「嫌いなら、それでもいいけど。でも触れるから」
「……………」

ふれた。彼は黙って俯いたまま。おとなしく。 ああ、白い外套と白いスーツ姿はまるで自分に合わせたみたいだなあと今更だが白蘭は 嬉しくなる。ふれる。彼はふっと顔を上向けた。するりと親指で薄い肉に唇をなぞる。やわらかくて長めの前髪を うしろになでつけると露わになる額と綺麗にゆれる大きな双眸。きれいだなあ、かわいいなあ。白蘭は上機嫌に微笑み 綱吉の頬を両手で挟みこんだ。

「あなたは不快だ」
「うん」
「……多分、この俺が貴方の行動の源になるでしょう」
「?」

くっと歪むように翳った瞳は何かを見下ろしていた。それを追って白蘭も俯く。そこには彼の細い指が白蘭の胸に何かを 隠している動作。なにをくれたのだろうか。なにをさせたいの、か…?白蘭は中身など確かめずどうでもいいかと ニッコリわらった。いいよ。君のいうこときいてあげる。……だからと。ふわっと口を開く。綱吉の顔は泣きそうに 嫌そうに歪む。

「ツナくん」

返事はない。白い姿の彼。……きっと流す涙は真珠色。ちゅっと震えた瞼に白蘭は口付けた。 多分自分のものになんて絶対になってくれないことはよくわかるから、 だから自分が彼のものになるしかなくって、…うん、それはデキナイヨと白蘭はあっけらかんに自分の内で すぐさまに答えを出した。迷いはない。手に入れたいなあと思うよりも先にそんな答えがピンと弾き出されちゃったならもう 笑うしかない?くすくすと笑みが口から漏れ出てしまう。そんな頭なんだよねーと遠い目になってしまう。 もふっと彼の頭に顎をのせて、細い躯を抱き締めながら白蘭。ツナくん、ツナくんと何度も名前を転がす。 うれしそうに。無邪気に。綱吉は苦いものを飲み下す顔でじっと耐えた。両腕はわなわなとふるえて…。 ギッと空を掻くように何かを握りつぶすようにその両手が苦しく握られた。(これは永劫回帰。)


「…俺は、貴方が死ぬ瞬間を知っているのに、実は俺のが先に死ぬのか……」



















さようなら。これでもう出番はない。




(終)











 アトガキ
いいヒバの日にこれか!笑
2007/11/18