この身を守る男が何だというのだろうか…。所詮は虚ろだよと吐き捨てた唇にそっと触れる指は罪悪だが。









宿 縁












産まれたときから傍にいた、その一言をいつだって飲み込んでいるような気がするのは何故だ。
ピシリと鞭でひと叩きされて正されたかのような完璧なまっすぐな姿勢で綱吉はふっと伏せた睫毛を持ち上げた。 目の前には黒く広大な背中が。…ああ、そうか。とろとろと鈍く痛む頭をふって覚醒を促す。肩甲骨が。 名前を呼ばれた。すぐ目の前でうごめいたそれに視線を釘付けにされながら綱吉は澄んだ声で応えを返した。 骸。綱吉は自分の状況を瞬時に理解し、ふいっと流れるような軽やかな所作で胸元から銃を取り出しあざやかに構える。 あんまり好きじゃあないんだけどなあ…。肉弾戦の方が綱吉は得意だからと、それに、と。舌打ち。 ついっと視線をあげた先を狙い撃ちした。…死んだのだろうか。 それをいちいち心配してしまう自分がめんどうだからとしかいいようがないよ。 ええ。やさしいとひとはいうさ。だがそれは臆病なのだと冷徹な黒鉄の目が責め立てている。 ああ。弱いんですよ己は。
だから言葉をゴクリと飲み下すのだ。
そっと指先をすべらせ骸の背を撫でて綱吉は撤退を促す。もういい…。もういいのだ。

「なにをおっしゃるのですか夜の王よ、そんな戯れを口にするなど貴方らしくはない。さあさあ、 貴方は殺して殺して悉く殺し尽くす為に此処に居るのでしょう?」
「………お前こそ、戯れを、だよ」

少しも振り向かずの男、ぶわりと、ただただ白く可憐な花々が綱吉と骸の周囲を覆っていく。 月の光を纏って美しくひらひら舞うように花弁が華麗に踊る。 まるで聖女の清らかな慈愛の微笑みのような大輪の真白い花々。 なんてなんてまっしろに輝く光景が埋め尽くしていくのだ。かなしい、それゆえ愛しさ募る幻覚。 つ、っと。綱吉は骸の肩甲骨の先を指先で撫で、ついでゴツゴツとした背骨にそってちいさな指先をすべらせた。 かわいそうな男。だからお前は愛らしい。嫌味で皮肉な感情がぐらりとまた湧き起こる、すでに 絶えた筈の糸を辿ってのぼってくる。胎の底からぞわぞわと這い上がってくる。悲鳴を漏らしそうだ。 出来るのだ、それを閉ざすことぶっつり再び切り捨てることが。……綱吉は目を閉じた。男は哀れだ。

(お前が俺に出来ることは何もないよ…。だって、あのね?)

綱吉は女だった。今生はとうとう女として生まれてしまったのだまるでおうとつを埋めるように…? 愛せばよかったのだ。愛せば実る身体である。 だからだからお互いの間に溝が出来てそれはとうとう深淵のように果てないものへとなり果ててしまっている。 …もう、綱吉はどうしようもなく疲れた。愛されるのは真っ平だ。愛すことももう嫌だ。 この身体は常に情緒不安定で全身が震えるのだから面倒で仕方がなくてもう、…ねむりたかった。しかし 黒鉄の瞳が責め立てるように真っ直ぐに射るように、……歪む。悲しむように嘲笑う。 愛するという感情はもしかしたらお前に救いを求めるように在るのだろうかと錯覚してしまうのだ。泣き笑う。 綱吉は奥歯を噛み締め、己の胎を怨んだ。お前は俺を守れ…!!喰いしばったところからはそれが漏れ出た。 本当は守る必要のあるものなど何もない。だが男は律儀だ。男はいつの時代も綱吉を求める。求めて追い詰める。 だがどうだ!今生では大人しくべったりだ。まるで奴隷みたいじゃあ…。

「うつろだ…」

奴隷の児を孕む未来は遠くはない。……所詮は女。お前が女の時は動揺しなかったのに。でもお前はあのときはひどく 逃げたか。(そのくせひどく絡んだ。)(子供も…、)我が身にせまって思い知る。綱吉はおそろしかった…。 産まれた子供を殺すかもしれない。

「虚ろだ骸」
「……いいえ、夜の王」

バサバサと幻影の花々は次々に干上がるように枯れて散って一掃されていく中で男は鮮麗なる笑みをたたえた顔で とうとう綱吉を振り返った。 唇はつやつやと血の滴りを塗ったような真紅。女よりも、どんな業の深い女よりも毒々しく美しく微笑む骸。 あいしています。猛毒の言葉。周りは屍の山。ゴロリと欠けた腕が豪雨を浴びたように黒く濡れている。つんと染みる鉄の 匂い。喉はカラカラだ。血の染みひとつとしてなく、ゆらゆらと微笑む男。真っ白な指先が唇に触れた。

「これ以上なく僕を意識した今生こそ至福かと…」

そう愛しげに触れる指はつめたく瞳はさみしげだ。いっそ記憶などなければよかったのに…。骸。 綱吉は浅く憤怒を織り交ぜた声で名前を呼ぶ。男は素直に応えを返す。なんだその従順さは。 お前は六道骸だろう…?

「至福、か」
(俺とお前は殺しあう運命だけでいいのに)

それだけが共に在れた均衡だ。きっと愛ではなく強さに焦がれている。だからこその愛。
お互いさびしい。可哀想だなあと綱吉は吐き捨てながらパンと骸の頬をはった。抵抗はない。反抗もない。奴隷だ。
自分たちはどれだけ傷ついただろうか。傷のついた分なにか幸いがあればいいのに…。ぼんやりと綱吉は思い、 ありえないその妄想に悪寒が走った。幸福などいつだってなかった。平穏の中にいれば怯えが芽吹いたというのに。 ひどいなあ。ひどい話だよとわらえてくる。……狂ってる。
知らず流れた涙を骸が口を寄せて舐め取った。


「お前と対等の立場じゃないなんて、すごい嫌だなあ…」 (だからお前は俺の名前を呼ばない)









添う為に産まれたわけじゃあなかったよ、いつだって。



(終)











 アトガキ
いつだってからすまるさんは思い通りの結果が出せませんよ!!!(※当初は幼なじみな二人だったよ☆)←……。
(ニコ動で骸獄みながらだからか!!?)爆。…いやいや、おうたをツナ骸変換してますからしてちがうかとー。
2007/12/08