俺のすべては疾うの昔に決まっていた。
絶対的に。俺は。決して、……目を瞑り、俺のせいですべてを投げ出した男の顔を苦く安堵と切なさと共に思い描く。

「……裏切りません。俺は、貴方だけを決して」

貴方だけは。胸元で逆さに十字をきる。神は何処にも居ない。目を開けば其処は散々な世界の真っ只中だ。
だから。そっと頬を手の甲で擦る。痛みはなくただぬるりと。

         『離れないよ』
                                 (おさない声がなく。)



だから祈る言葉は捨て願いを胸中で呟き血を被ろう。










BLOOD












シャリ、シャリ…、薄っぺらい硬質な音が耳元に響く。寝ていたのだろうか。 ソファーにずしりと身を沈めたままふっと視線を彷徨わせ、 そして綱吉は妙に髪が引っ張られる方向へと見やった。

「あ。おきたー?」
「……起きたよ」

なにやってんの? 綱吉は胡乱な眼差しで傍らで自分の髪を引っ張って何かやっているベルを見つめた。ベルは いつもの悪意に満ちた、けれどもちいさな子供みたいな笑顔で誇らしげに、ニィ、と笑った。 まるでチェシャ猫みたいな笑い方だよなあとぼんやりと思う、アリスなんか読んだことも アニメさえちゃんと見たことないけれど、ただキャラクターが、縞模様とか…、色違うけど。 綱吉はやれやれと溜息を吐いた。ギシリとソファーが軋んだ。…そりゃ、 やられちまったらもう二度と戻らないしね。白い指先とナイフの刃先の間から、するりと自分の亜麻色の髪をひっこ抜いた。

「暇だったしさー、それに枝毛だってあったしぃ?」
「毛先…なんかキラキラしてるような…」
「削るとそんなんなるんだって」
「……………」

どうよ!…なにがだ。どすんと綱吉の頭の上、そこを机か何かと勘違いしてるようにベルは嬉しげに両腕で頬杖をついた。 おかげで骨がゴリゴリ肘が両肘が何の加減もなくに頭に食い込むから痛い。痛いし重い。 ベルはニシニシ笑ってどうよどうよーと 誉めてもらいたいといわんばかりだ。犬が尻尾をふってるように無邪気にでも悪意たっぷりと。 でも…、綱吉は頭をふってベルの両腕の安定を失わせパシッとその肘をさらうように掴んだ。 前髪の中に隠れた瞳はきょとんとしていることだろう。肘から手首へと掴む手を移動させる、 その間もベルはじっと綱吉の顔を…、どちらかというとやわらかそうな頬のラインを見つめて其れは多分きっと 切り刻みたいなあとかまた考えてんだろーなーとなんとなくわかった綱吉は掴んだ手首にぎっと力を加えた。 おそろしい…。凄みついた眼差しに切り替えた綱吉の目を見てベルはまたしてもきょとん。 なんで?とか思ってるんだろうなあ。くんと顔を間近に寄せた。

「お前のせいで俺の横髪の長さがそろわなくなったじゃないか」
「切る?」
「金輪際切るな」

馬鹿王子が!
ガブ、目の前に迫った顔の中央のとがった鼻先に綱吉は躾だと歯を立てた。……獣だあ。そんなことをチラリと 思わないでもないが、こうでもしないとベルはほんの少しも警告を頭の隅にも置かない。すぐにさらった流して終り。 こうすれば瞬間、カッと耳から首筋まで真っ赤に染めて怒るのだ。血は生憎流れていないが、 けれども無体な仕打ちといえばそうなのだろう。こんなじゃれあい…。これこそ流せよーと思うのに、 ベルはこれこそに真っ赤になって唇をわなわなと震わせて二の句も告げない姿で怒るのだ。

「…あーあ。右側のが肩に届くかどうかか」

左は勿論昨日と同じ、肩より下の胸元くらいの長さだ。まるでちぐはぐ。確かに左も切った方がいいだろうが…。 どうせなら後ろも切ろうかと考え…、どうしようかなー、このままでも面白いかなーとか綱吉は面倒くさくなってきた。 髪を伸ばした理由など癖毛がおさまるからというのとただの惰性で怠惰だ。ルッスーリアが気を利かせて 切ってくれる以外ずっと伸ばしっぱなし。
どうでもいい。

(…あ。やばい。体だるい…)

良くない傾向が体の端からずるずると侵入してくる。やばい、やばいなあ…。綱吉は時折、胸の中に大きな虚空を 住まわせてる気分を味わう。嫌な気分でもある。だが忌避しているわけではない。…というよりも 何もかもがどうでもい良くなるのでその前でもって好悪の感情など一切の振幅を失くすのだからどうしようもない といったところか。ただ、いけないなあと。ただ、それだけで。

「……ベル、俺寝るから」
「へ?今寝てたじゃんかぁ!」
「ん。また」
「……切り刻んでもいいっかなー?」
「今度は左側、ね」
「へいへーい」

ジジくせえのーと不満を垂れ流した口調で拗ねるベルの頭をポンと叩いて頬もペチンと叩く。
すると思いのほか、意外な…、普段ひと切り刻むたくてうずうずしている悪徳の手が綱吉の 頬をやさしく恐々と撫でた。病人みたいだ。看病したことのない王子様の呟きに病人に対する扱いとは どういったものかと聞いてみたいが、そんな好奇心は今は投げ捨て綱吉はすうっと目を閉じた。
今。
ほんとうに。

誰だって殺してしまいそうだった。




(終)










 アトガキ
某所に5月6日においてあったものー!いわなきゃわからんものだなあと思いました!!テヘ★(殴れ!!!)
2008/01/02