それを見たのは偶然であり幸運ではなかった。 足音を立てない、それはスクアーロに染み付いた癖だ。暗殺者なのだから当然だろう。一歩進む毎にふっくらと沈む絨毯の上を進みながらやれやれと溜息を吐いた。こんな豪奢な絨毯などあの小僧にはまた恐縮する代物だろうに。新たに新調されたそれに彼は苦く笑った。そして、ふっと顔を引き締める。……幾ら小僧であっても彼は立派にボンゴレのボスでありまたスクアーロの上司なのだから。報告書を持ち直して重厚な扉の前で姿勢を正した。
「…かえ、りたい…」 ぽつりと呟かれた言葉は涙のように煌いて真珠のようだった。やわらかな響きはスクアーロの心にすっと 静かにあたたかく染み込み、りんりんと涼やかな音色を零していく。 ……ひどく意外であった。 いいや、動揺とも、衝撃とも、そういうものだろう。よくよく考えてみなくても、それは当たり前だったからで、目の前は見事に塞がれていたわけで…。そうか、と。重く固い塊のように頷く言葉が漏れ出た。 「…お前は、まだ幼かったか」 そっと赤子のようにまるまって眠る彼の頭を撫でる、むずがるように震える頭、そしてほろりと零れた雫。 スクアーロは心の底から哀れと思った。憐れで、ちいさくて、こんなにも庇護を必要とするものだと。 「強くなればなるほどに、お前はきっと弱るだけだろうなあ…」 あたたかい生き物なのになあ。抱き上げて、全身で甘やかすように腕の中にすっぽりと包み込んでやった。 そうすると安堵するように身をすり寄せて来た。甘ったるい生き物。 慰めてやることなら幾らでもくれてやると思わせる。あたたかい生き物はやさしい。やさしいから弱る。 帰りたいだろうと思うだろうと癖のある髪のなかに鼻先をつっこんでまた哀れだとまた感じ入る。 「帰してやれたらいいのにな」 軽く零した筈のそれは後に驚くほど真摯で真剣なものになった。 陽射しはまだやわらかく温かい日の出来事。 スクアーロはこの日を幾度も思い出していった。 (終) アトガキ わたしの中でスクアーロさんは優しいひとなんだよ…!!!! 2008/06/01 |