お前は幸せになれといった。同時にポイ、っと投げ捨てられたのは血塗れの腕である。 それを見て綱吉はまた苦悶の色の表情を濃くし目線だけでふっと男を見上げた。彼は無感動な色の口許をゆるく閉ざしている。 真っ暗闇の塊だ。 ざわざわと深い森の奥を覗いているようで…、口と鼻の上の表情が見えなかった。男の形をした闇のようなものが見下ろしているのか…、綱吉はカハッと空咳を吐き出した。 すべては暗い。 そして目の前がひどく冷たい色によって染め抜かれまた自分の体もひどく凍えている。歯の根があわずガチガチとさっきからひっきりなしに震え上がってしまって…、ああ、それなのに漏れる吐息は灼熱の塊で出来ていて自分はまるで不可思議ないきものになってしまったかとひどく可笑しくてついで怖かった。おそろしかった。涙のように汗がだくだくと流れ出る。ぐずりと鼻から血が垂れた。そうか…。男は死ぬ気だ。男は死ぬ気で。綱吉はまた空咳を零した。右腕はもう亡いというのに飽きず必死に伸ばしている。痛む震える幻肢。汗が伝ってくる錯覚さえリアルだそれなのに。死ぬな。死ぬな。死なないでくれ…!掴めない。綱吉は必死に願う。空咳が零れる。声が出ない。喉を薬によって焼かれたから…。 草を踏む音。 …さわさわと草原を撫でる風の音が聞こえる。 びゅうとなびく銀色の髪。ばらばらと振り撒かれて白く輝いた髪。それが血色を被って黒く濡れおちた。 ヒュウヒュウと喉が熱く疼く。いたい。いたいと子供のように嘆いてしまいたい。もう、怖いなんていわないから。綱吉は果てない激痛と膿み腐るような熱の中で必死に男に縋った。 男の口はうっすらと開かれていたそれは笑みのように穏やかに厳かで。 「……お前は、生きればいい」 ポツリと零れた言葉に綱吉は目を見開いた。先程放り投げた腕を拾ってくるりと男は背を向けていた。 どういうことだと叫びたい、だが、それは無意味だろう、綱吉はもうすべて理解した。男は死ぬのだろうから。死ぬ為にこの瞬間を生きた。綱吉の為だけに。綱吉が…。 (や、やめてくれ!!俺はいやだ!!こんなのいやだいやだ、いやだから……ッ!!) 助けてくれ…!! ボロボロと涙が零れて唇がわなないた。熱い塊がせりあがってまた息を塞いだが、それでもいい、声が、声が…!!左腕でガリガリと胸を掻き毟った。祈る神などいない。願いをきいてくれる神も無い。だが、今なら信じてもいいからと必死に縋る。たすけてくれたすけてくれ…!!!足をもがかせばたつかせて左腕で土を掻いてかいて…、綱吉は必死に這いずった。たすけて…!! 「…ッ……ッ!!〜〜〜〜!!!」 銀色の髪が美しくたなびく。血に汚れても。 残酷な道を迷い無く歩く。その足に齧り付きたかった…。 (たすけて!!) 全身で咆哮した。周りの木々が一斉にザァァアッとざわめいた。炎が燃え上がるようにバサバサと葉が火の粉のように舞い上がっていく。季節は秋だ葉は黄金色に燃える。陽射は夏のようだが冷たく凍えて葉は落ちて腐っていくのだろう。虫も食べる。次の生命を育む。 ハアハアと忙しなく吐き出される吐息に吐瀉物が混ぜられた。ビチャビチャと綱吉の周りは血塗れだ。止血を施されても。涙も血色だから。止め処ない涙が土をぬかるませ、 何度も鼻から落ちた顔はその白い頬を赤茶色に染まらせ、前髪からぼたぼたと泥が落ちさせた。 残酷か。 男は呟いた。静かな月のような声で頬をなでながら。 なぐさめていたのだ…。かなしんでくれたのだ…。 『俺はお前が怖いよ…』 スクアーロ。 綱吉は全身で後悔した。どうしてどうしてと果てない慟哭を繰り返し嘆いて助けてと叫び続けた。 (終) アトガキ 短編100個目はスクアーロときめていた…!!(※今日)タイトルはみずきななのおうたを聴いて決めた!笑 2008/06/01(初出:2008.02.03ブログにて) |