パン屋と殺し屋





「……結婚するなら、パン屋だ」

彼はぼんやりと遠い目をして、けれども不思議なほどに真剣な声でそう呟いた。…ねえ、と。ゆるやかに両手を組んで、そのちいさな顔に似合った顎をそっと組んだ手の上にのせて綱吉は上目使いでじいっと骸を見つめてクスリと苦くわらい、そうして。骸はハッとする。綱吉の琥珀の目がキラリと瞬き、次の瞬間にはその生ぬるさすべてをザッと乱暴に拭い去って厳しく骸を見据えたのだ。まるで憎むような目だ。なにかを。まるで骸の身体の奥には化け物が潜んでいてそれを必死に排除しようとするかのような容赦のない目、ギラギラ、ギラギラと不気味な程に恐ろしい光でしっかりと骸の奥を睨みすえた。
「パン屋?それはまたおもしろいことを言いますね、君」
骸はこわくなかった。ふっと春先の息吹のような軽やかで華やかな笑みをそろりとのばし、その口許に優美な人差し指をそえた。
(失敗した…)
口許が微かにわなないたのだ。
なにかを、なにかを、なにかを言わなければと胸のあたりからドクドクと急きたてられる。なんだ、これは…。綱吉は骸を睨んでいる。骸の奥底を見透かした目はまるで金色に光る狼の目のようで。しかし、けれども、怖くなどない。ドクドク鳴り止まない心臓の音は恐怖に引き攣れているのかもしれない。だがはっきり言おう。骸は怖くなかったのだ。こわくなどない…、しかし、なんとも言い知れぬ何かが骸の身体を支配して喉をからからに乾涸びさせている。こわい、…わけではない。綱吉に睨まれたって何をされたって、骸は背をピンと毅然に伸ばして微笑むことができるのだ。
例え綱吉の目がとんでもなく澄んだ色で、暗闇の中では暁の光のように煌きながら感情を一切に含まない凍えた目であろうと。 
(でも、僕は…、)
「出来ることは其れだけじゃない筈だ、……そうだろう骸?」
なぁ、と。綱吉の目がギラリと厳しく輝き骸を容赦なく突き放す、…だがこうした一方で彼の言葉は幼子にささやくように粉雪みたいな美しさで優しく降り注がれるのでいやだ、…ああ嫌味なのか、皮肉なのか、残酷な面はいつだってこうしてキラリと水晶のように輝く。君は…。骸は綱吉の背負う矛盾を憎む。憎みながら…、そうしながらも。
「…そう、ですか」
骸は大変な屈辱を受けたように眉間に憎憎しい皺を寄せてそうしながら結局は犬のようにしおらしくに項垂れた。誰が死のうと本気で構わないと骸は思っている。それは勿論綱吉だって知っており、またそれをもっとも厭ったのだ…、だから骸はひっそりと黙る。…遅いのだ。最早止めようのないものが骸にはべったり根付いている。
(君は、望みすぎる…)



「お前の仕事のついでに俺への愛を混ぜないでくれ骸」



誰も救おうとしなければきっと彼はとても長く保つ筈なのだと骸は絶対の理のように揺るぎなく盲信していた。
(例え背くことになっても構わないくらい。すべてを排除することに邁進する。)






(終)




 アトガキ
あるところに投下したものをこっちにもってきたよ★
確か!パンくいたい綱吉を書きたかったのだと今思い出した…!!!ひとを殺すよりパン作ってくれみたいな展開をしようとしてた!!!!!笑
2009/03/03 (初出:2009/01/19)