「お前は本当は残酷じゃあないかもなぁ……」
ぼんやりとした声は不思議な甘さにひたされ、しとしとと雨のような柔らかな潤いに満ちていた。
骸はムッとした。
その声は何故だか骸の周りをぐるりと囲ってぞわりと肌を冷たくさせるようだし勿論、その上からひとを見下ろすような、まるで自分を物知らずな子供のように扱う言い方にもカチンときたからだ。
己の不機嫌を示すように目を細め侮蔑の視線を彼に注いだが、彼はひゅっと息を吸って目を見張るだけで怯えなかった。笑うだけ。
何かの痛みをぐっと押し隠した目で。

「知らなきゃいいことは山ほどあるし、…ああ、お前を見たら何だか無性に謝りたくなったけど、…まあ仕方ない」
ふっと肩の力を抜いた彼は静かに目を伏せた。拗ねた子供のように俯くと、ぺたりとどうしようもない疲れと陰欝な物思いに沈んだ色をじわっと張り付けて息を吐いた。なにもかも自分の胸にしまい込み誰にも相談しない頭の悪い大人の図にひくりと骸の赤い目の下にうっすら皺がよった。気に入らない。
彼はもう昔のように骸の機嫌になど左右されず、毅然とまっすぐ歯向かうようにもなった上、そんなことやっちゃあいけませんというひとになった。
お前は保護者かと何度も殴り付けたがへらへら笑いながら一向にやめず、骸もこれ以上不快にならない為に無視することにした。経でも唱えたい気分だ。
「命が軽いままならよかったとお前がいっちゃった時は…、周り大変そうだよなあ」
ほんとうに。
こまった。そういうように彼は深い水底でゆれるちいさな白い貝殻のようなぽっかりとした目で骸を見上げた。今度はおそろしく無垢で寂しい目だ。
わけがわからない骸はまたムッとした。彼は男のくせに聖母のような笑みで優しい声で…。
ゴクリと骸は思わず言葉を飲み込んでいた。儚くも強い微笑みが妬きつき、じわりと腹の底が熱くなるようで…、なんだこれは、これ以上のうつくしいものなんかないと何故思うのだ。なぜだ。綱吉はまた緩やかに笑いそっとその唇を開いた。

「俺はいないから、あんまり無茶なことすんなよ?」

おかしなことに。意味はわからなくても理解することが出来た。
瞬く間にあれほど熱かった腹の底が急速にぞわりと冷えていく。そうしてプライドも高く幻術も操れ暗示も得意な骸はこの時感じた激しく突き上がるような殺意とそれと同時に沸き起こるどうしようもない焦躁を瞬時に脳内から消した。
わかった。予言のように誰か囁いている。
これこそ一生消えない屈辱だと、骸は知った。





愛していたなんて全部嘘。



(終)











 アトガキ
どっかに投下したようなしてないような…??なんかよくわかんない発掘品。
2009/03/03