おねがいだと、なみだのようにこぼしたことばはけっして後悔の言霊などなくて純粋というよりも邪悪な望みだったよ。






恋した人殺し











願うことは計り知れなかった、そう呟き疾うに諦めた心地で生きていたというのに今更何という悪ふざけだろうか…、今更だ、今更に…、愕然と気付いたが本当にそれは本当に、そのひどい願いこそを切捨てなければならなかったというのに其れはしっかりと浮き上がらせてしまっていたのだ。願うことは計り知れなかった。もっとも渇望しただろう絶望の源にせまる願いさえ蹴り飛ばして笑っていた自分が愚かにもとっさに必死で掴み取り投げつけた暴言の願いが是れだ今目の前に其の結果が転がっていた。ひどい嫌悪だ。背中をぞわぞわと芋蟲が這っていくようにドンと冷や汗と奇妙な痺れが緩慢に伝っていく。カクカクと指先が震えている。恍惚のような眩暈。目頭と舌にじわっと広がる熱。視界の違和感。
夏でもないのに冬の寒空の下はぽっかりと異様にましろくあった。
彼はきょとんとしたまるい目玉で骸をぼんやりと見つめる。
華奢なといえば見栄えがいい、そのうすっぺらな身体で立ち尽くす子供は相変わらず薄い茶色のぴょんぴょん跳ねた柔らかい髪をしていてドングリのような目玉もその琥珀のような色彩も変わらずコロリとふたつ在る。悪夢。無垢にも近い幼く無防備な目玉は澄んだ色でたっぷりと潤った色で骸を見つめている。
如何してと問わずにいられなかった輪廻。幾度として願おうとした絶望の底。叶わぬと暗く閉じた唇。何もかもを諦めて諦め尽くして爛れていく壊れていく願いの残骸を積み上げて積み上げていき、……とうとう見上げて最上に堕ちた願いの煌きに目を焼かれてそれだけはと如何してもとひりついた両手を伸ばし捨て切れず掴み取ってしまった結果だ。
ゴクリと喉が鳴る、骸は子供よりも幾分かもう大人であった。独りで生きている。真っ黒なコートの端がひらりと足元を這うような風に揺れ、骸の背丈の半分くらいしかない子供はひゅっと首をすくめてあたたかなジャンパーの首元をちいさな手で寄せた。眉間に皺を寄せて子供はひとときだけ骸から視線を外した。…ホッとした、けれどつらかった。黒皮の手袋を脱ぎ、首に巻いたカシミアのマフラーをそっと解くと骸は子供の前に片膝をつき寒そうな肩にマフラーを羽織らせてやる。…ああ。ああ、なんて細くちいさいのだろうか。絶望した心地が更に膨らむ。ガリガリと爪を立ててくる焦燥。ちいさな首。しろい、なんてしろい…。目を焼くのはまた。
「君には、首に面白い痣があるのですね…」
「………………」
子供はぶるっと震えた。はふりと吐息を吐く。……もしかしたら言葉を繰ることが出来ないのかもしれない。はくはくと唇だけが動きまったく声が漏れ出なかった。そうしてちいさな頭が項垂れる。目を瞑り、自分の肩にかかったマフラーを握り締める骸の指にそっと自分の手を重ねた。ぶるぶると震えたちいさな肩。ちいさな指先から伝わった。子供は歯を食い縛って泣いていた。じくじくと触れ合った指先から燃えるような熱が湧き起こってくる。
子供の首にはまるで花のようにも見えるがべっとりとした色で首を絞められた痕のような赫い痣がはっきりとあった。
骸が前世に於いて彼を絞め殺した痕。残酷な執着の証だ。
「うれし、い、…」
骸は美しい花のような微笑みをふわりと浮かべてパチリと瞬きをした。するとぼろりと赫い目から涙が零れた。にこにこと気味が悪いほどに上機嫌で子供の頭をおおきな掌で撫でた。永遠の恋がこの手の中に在る。
「僕は神に為れた。君をこうして手にする為に輪廻が在ったならばもうそれでいい…。すべてに帳尻が合いますから」
子供は骸の背丈半分くらいしかない体だ。……容易く攫えてしまう。くるりとマフラーで幼い躯を寒さから守るように包むとそのまま抱き上げてにっこり笑いながら骸は颯爽と歩き出した。子供は固まったまま泣いたまま。はくはくと唇だけをたくさん動かした。
助けは呼べなかった。

今生でも前世に於いても綱吉は骸から逃げ出せなかったのだ。












(終)











 アトガキ
でんぱっぱ!!爆
2009/04/01(初出:2008/04/29)