羨望とそして、










「お前はきっと奪う側だと思っているだろうが、そんなことは間違いだと気づくだろう…絶対にだ」
くはっと空咳でも吐くように嫌悪をたっぷり塗って嘲笑した男は片目を右手で覆っていた、…じわり、とその指の間からは真赤な鮮血が染み出しているのだ。白蘭はぼんやりと花びらでも握りつぶしているようだなと思ったし、また自ら目を抉ったようにも見えた。ふむ、と逡巡する。…ああ、それはないなあと。(だって潰したのは自分じゃあないか。)にこっと首を傾げて目を細めて笑いながら白蘭は片膝をついて今にも崩れ落ちてしまいそうな骸を慈しむように眺めてふわふわ微笑みを深くしていき…ついにぷっと噴き出した。
「呪いかい、骸くん?」
霧の守護者は術者だ。術者。ブードゥーに精通しててもいい気がした。呪われてもいい。…呪われても跳ね除けるから。白蘭はくすくす笑いながらゆったりと目を細める。白い髪の先がちらっと目の下についた細い笑い皺に触れた。…薄い色素の目は青く透き通りガラス玉のようにつやっとして感情を見せない。笑う行為でもって感情を見せる。白蘭は理性の上に感情があるように…理性が、感情の出し方を指示しているような、あやふやでありながら機械的な硬質な性質を持っているようだと骸は眇めた片目でそう推測した。
白蘭は狂っているわけじゃなく。
ただ、強いのだろう。
奪う側だと固く信じて、捨てること拾うことをする側だと。頂点なのだと。生殺与奪の権利を持っていると。
(…確かに、そうでしょう。お前は……)
綱吉と違う。するりと脳裏で応えが煌めいた。あのあたたかく弱くて強い芯をもってピンと背を伸ばした彼とは違うから。骸は心中でもって固く目を閉じて唸った。綱吉。(彼の姿はいつだって陽だまりの中にある。暗い路地裏で怒ったような泣き出しそうな目で冷徹な顔で血塗れになった姿を見たとしても。)
「……お前は、厚顔な、無垢な、そんなままでいればいい。お前になど知られてはいけない世界がある。お前が壊れる世界がある。…だが、お前は壊れることなく狂うことなく、正しく快楽のままに自由に生きてそうして死ねばいい」
「うん??…まあ、…君の言うとおりになると思うけど、…でも、それが呪い?まるで言祝いでるようだね??」
「そうだ…、それでいい。お前は無縁でいろ。純粋なままで、…無知に、無恥に、白痴のように口を開けていればいい」
「…………??」
可哀そうに。骸は奇妙な心地で短くわらった。ずくりと目が痛む。内臓が軋む。昔の自分を見ているようでもあったし、またもう一つの可能性を見ているのかもしれない。…また、幸福そうなのかもしれない。

(君と出会わなかったら僕はこうして自由であって壊すことだけ考えればよくてきっととても楽だったのに…)

骸は涙を流すように右目から鮮血を垂らす。赤い目玉が蕩けたようにじわじわ盛り上がる血液は美しく、綱吉と出会った自分はやはり幸福なのだと思うのだ。…あかい。
誰かを想うことは血を流すことで、厭わないということだ。

「…白く、生きればいい、白蘭。お前にこの絶望の境地を見る幸福など全く勿体ないことです」

愛は滅私奉公だ。焼き切れそうな屈辱の内側でやはり自分は幸せであると骸はきょとんと目をまるめた白蘭を憎々し気に嘲笑った。(綱吉は骸の為に生きなかったし、さっさと馬鹿をやってもう居ないのだから)












(終)











 アトガキ
某所にアップしてて、ブログには09/10/16にアップ!
2010/2/6