猫の歩き方










ぽっかりと、空に向けて口を開き舌先を伸ばした姿は雨粒を掬おうとする幼子のようで、…まず先にその頭の中身を心配した。可愛いと思えるのはその愛すべき無知な幼子の無垢さゆえでまた一番の理由がその身体がまるく小さく可愛いからだ。
無視もできる。
「…嘘つきになりてぇ」
あーあ、と。はくっと口に何かくわえた所作をした彼は霧に背を向けたままもごもごと口を動かし、ん、と小さく呻くとカクリと軽くささやかに肩を落とした。
やるよ。
背を向けたままにそろりと後ろ手で延びた手は躊躇いも迷うこともなく、はしっと身体の横に垂らされた霧の手を掴み無理矢理その掌の中へ何か丸いものを握らせてぎゅうぎゅうとその拳の上から力を込めるのだ…、いたい、霧はキリッと眉をしかめさせて、あなたは何をと小さく問いかけた。
やるよ。
彼はもう一度わらうように呟いた。
「見えるもの全部嘘だったらいいよなあ…」
うんざりとしているように笑う声だった、彼は深淵の中の真実だろうとしっかりと見通す目をもつ比類なき人で…霧は眉間に別の意味の深い皺を重ねて刻んだ。そうして、首を傾げそうになるより素早く毅然と何を馬鹿なことをと厳しく吐き出していたのだ。背中がじりっと汗をかく。つめたい。
手の中でゴロリとした塊がひどく…細かい幾千もの針に刺されたかのように凍るように冷たい。背筋がどこかぞわっとするが…、しかし嫌悪からではない。ただ冷たい汗が噴き出るように寒いだけで。不思議だ、素朴な感想しかない。
(指輪、か…?)
中指を動かして確認すると平べったいとわかる、そして突き出た四角い石がゴツっと指の付け根を圧迫したから。
「…そう、指輪だ」
ああ。いらないからやる。ぱっと突然手を離し数歩あるいた彼は少しだけふらっと振り向き、くすくすと軽快な笑みを滲ませた唇から軽くちゅっと投げキッスを霧に贈った。
「…リカルドがな、飴をやるとかいって指輪くれやがった」
「おや、遺産貰ってたんですか?」
「ああ」
はは、いらねーよ。彼は楽しそうにゆらゆらと歩き、またなにもない空中へと首を伸ばしてゆるやかに目線を上向けた。唇がリカルドと紡ぐ。さやさやと舞う金糸が青い空にはえた。
リカルド。彼がそう呟くと手の中の指輪が僅かに震えた気がした。

「お前もとうとう嘘になってしまったのかあ…。そうだな、俺は嘘吐きになりたい嘘つきで、…見えるもの全部が嘘だと思ってるよ、真実なんかあってたまるかよ。そうして嘘になるのはいつも…さ、」

ふいに。横目できょろりと霧を眺めた彼の瞳。それがキラキラ金色に光り…、やがてうっすらと猫のようにわらった。
死んだら残るものなどないと信じてるよと彼はやさしくこぼした。
「生者の世界には生者の欲と祈りしかねえんだよ」











(終)











 アトガキ
霊感体質なプリーモ様!!…加筆修正したらなんかおかしくなった…?よ!!爆
2010/02/06 (初出:2008/09/09)