星がおちるとき










綱吉は冬のような色の薄い枯れた溜息を吐いた。心情は湿ったものなのに息は驚くほど乾燥している。
ガクリと肩を落として、リボーンと出会う前のダメツナのようなみっともなく疲れ果てた体育の時間によくしていたくたびれた体育座りをして…ついにぱったりと綱吉は後ろに倒れてしまう。ずしゃっと砂音。膝は三角に折れ曲がったまま天を向いていた。まるで足を伸ばす気にはなれず、ただただ両腕を開いて上半身だけ倒して生ぬるく濡れた感じのする砂浜の上に転がっている。目の前は真っ暗だ。天は垂れ落ちてきそうにまるく重くそうした一方できらきらと壮大にして美しくて、…ああ重く苦しそうな空のなかを月が煌々とまんまるく輝いているからだろうと綱吉はぼんやりと口の端をあげながら思いつくのだ。波音はどっしり。びゅうびゅうと風もすごかった。…それで?ぽつりと月のように思い浮かぶ思考、それでどうしろと。どうしろと?綱吉の胸の内でぐるぐると渦巻くのはひどい困惑と呆れだけで本当にもうどうしようもないと思っているのに胸の奥がやっぱり何かを求めて訴えてきている。困った…。ひゅうひゅうと塩辛いような風は重たい体の上をふきつけて、こめかみを伝った汗をひゅっと吸い込んでしまうみたいに時折鋭く冷たい。ぴくりと人差し指を動かすと綱吉はずるずると放り投げたはずの両腕をおもむろに頭の下へとひいて腕枕にし、くっと喉を詰まらせた。発作的に爆笑したくなかったからだが、どうにかハッと短くから笑う声だけで抑え込む…。天を向いた顎。震えた唇がひゅっと息を吸い込みぐにゃりと綱吉の目が揺れた。たまらない、なにもかも。夜の真ん中にある月はあんまりにも冷たい美しさで、そしてすべてがたまらなくくだらなくて奇妙なくらい辛くて優しい気持ちで可笑しかったから涙が盛り上がりそうで…、綱吉は笑うのを我慢するようなそれとも泣きだしそうな顔でまたまどろみに揺れたような目でついっとさっきから自分を覗きこんでくる骸を眺めた。辛く歪みそうになる視界の中でも骸は飄々とすらっとしていて…、月みたいに、立ったまんまで、綱吉はぼろぼろのスーツなのに一緒にここまできた骸はなんとも軽快なスタイルのままだった。息を乱した綱吉とまるで正反対。髪もきっちり櫛がとおったようにさらさらと海風に泳いだ。さらさらと夜に溶けてしまいそうな藍。
「ひっどいことすんなあー…ったくお前はいつだって勝手気ままだよ」
「…ええ。ひどいこと、好きですから」
「最悪だ」
「最低よりも格調高いですよ卑劣でもいいですね」
「鬼畜」
「サディスト、の方が好きですけれど受け入れてあげましょうね其れ。採用だ」
これから僕は鬼畜なひとです。にっこりとした声がさらさらと綱吉の頬を滑っていく。驚くほど清らかな姿で骸は綱吉を見つめていた。さらさらと静かな目は薄い色に染まってあの濃厚な赤と青が何故がすっかり奥に引っ込んでしまっているから綱吉はゾッとした。骸はいつだって綱吉を激しい感情で見つめて困らせたから…はっきりいってこの骸の目には慣れなかった。戦争を体験した老人のようでもあるし、引っ越してきたばかりの猫を被った隣人のような目でもある。身近にいるけれどはっきりと見えないひとだ。骸は綱吉にとって経験も知識も何もかもが上位なオスでもあったしまた憎むべきなにかだったし…。混濁していた。いつだって常に複雑で…泥沼で…、だが今の骸はまるでストレートで打てば素直に響く鐘のように涼やかななにかだ。
綱吉はこくりと喉を鳴らす。
(うすい…)
常にピシッと固くのびていた境界線がすこうしだけやわらかく薄くなっている気がした。拒絶の気配もない。
手を伸ばせばきっと骸も伸ばすのだろう…。そんな予感さえ覚えさせるほどにひどく曖昧なふたりになってしまったのだと綱吉は悲しい喜びに震える。
「…君が、つらいとね…、僕もつらそうになるんですよ不思議なことにほんとうにね?」
ぽつり、ぽつり、言葉を零す唇が雪のようにつめたく綺麗だ。骸はすいっとしゃがんで膝をついて…。くっと喉奥で温かく笑うと腰をゆっくりと砂浜の上に落ち付けて胡坐をかいた。…といっても片方は立てて、そっちに肘をゆるやかについた。頬杖だ。
「…………」
ぱちぱちっと瞳を瞬かせた綱吉はまたじいっと骸を眺めた。驚くほどゆったりと静かでたまらなく穏やかで近所の世話好きの(ガラが悪い)お兄さんでも通じるかもしれない姿で気味が悪い。そして何より骸の眉間には皺がない、綱吉を見る骸は常にそこに力がたまる。なのに無力なままだった。今ではガラスのような目で骸は穏やかに綱吉を見つめて、…くすりとわらって。冷たい風に吹かれた藍色の長い横髪が艶やかなラインの白い頬を刹那覆い隠すと骸の口元の笑みがふかまる、ああ顔の距離を縮められたのだと綱吉は遅まきに気付いた。
すべてがシンと凍えたように穏やかで透明で…暗い。綱吉は頭を骸の足の間に置いていて、またさっきよりも近い場所からその冷たい美貌を眺めていた。ふいに。
「…、ね?」
骸はにこにこしながらひょいっと綱吉の頭を持ちあげて腿に置いて膝枕をしてしまう。ぶわっと毛を逆立てた猫よりもびっくりした顔の綱吉に骸はちろりと目の端に意地悪な色の炎を一瞬だけ灯らせた。
「ッ!!!!??」
ビリビリした…!!綱吉はふいをつかれた猫のまんまるな目で鳥肌たてざわつく肌に、ああこれが肌があわだつというやつだこれだまさしく!!とうろたえる。骸は面白そうに目の下に皺をつくって綱吉の頭を撫でていった。その手も驚くほどに穏やかで冷たい体温がついっと悪意もなく染みてくる。骸は間違いなく無害なのだ。綱吉を害そうという気がなく、ただただゆっくりと髪を撫でて、君は、とまた口を開いた。くすくす笑いながら。綱吉は余裕な骸の態度にカチンときてそうして…冷静を取り戻すのだった。
骸に悪意はひとつもない。骸は静かに笑う。わらって綱吉の髪をすいて。
ストンと強張った肩の力を抜いた綱吉は憮然と口をひん曲げて骸を睨んだ。
「逃げたかったんでしょう?…だから攫いました」
シンとした透明な空気が舞う。海風はひどいのに。ひどくて鼻の奥に潮の匂いが溜まるようだ。
綱吉の口元は強張ったが次第にゆるやかに沈む。
「…………」
「ちゃんと返しますよ。君はなんだかんだといってあそこに居るべきだと決めてるのだから」
骸は冷たいくらいに穏やかで悪意がない。ストレートだ。綱吉を想っている。髪を撫でて額をあらわにしていた。
波の音が重く深く空気を揺らし骸の言葉が綱吉の心をゆする。ざざん、と波音。この骸と綱吉がいる場所を海底だと匂わせるように苦しく続く。
美しい鱗もヒレもないのに。
「……そう、か」
「だから少しだけ逃げていましょう。それに僕はこうして君と話したかった」
夜風はびゅうびゅうと吹いて肌寒い。海辺だからまた更に寒い。…だが、頭の下に体温があって案外心地よかった。半分胡坐をかいたような姿の膝元だから当然高くて首がいたいが…まあいいだろうと綱吉は諦めるように笑った。骸はきっと綱吉が聞きたくないことをいおうとしているから捕まえている。綱吉の為といいながら自分の気持ちを優先した男の言い分はそういうものだ、厄介だから逃げたいのに無理やり聞かせようとする意思がギラギラと綱吉の肺のあたりを炙って突き上げてくる。だからさっきからずっと目を閉じて眠ってしまいたい欲求にかられていた。
「……考えてみれば僕は君に負けているのだから…。この心も、負けてもいいんですよね、」
骸の指先にぽうっとあたたかみがともった。息がきゅっと詰まる。
「…………」
いま、ここで眠ってしまえば失ってしまうものはなんだろうか。遠くを見つめるような骸の言葉が引き金をひく。綱吉は静かに心の奥で述懐するように問い、そうして解を求めているわけじゃないのだとぽつりと呟いて俯くみたいに目を伏せた。
骸と綱吉はひどく曖昧な関係になったのでどう転ぶかわからないしどうとでも転べるのだから、綱吉は耳をふさぎたくなったが骸は許さない。更に心が狭くなっているのだこの男。退化か。綱吉はくっと薄笑う。
綱吉は骸に勝った覚えなどまったくない。火の粉を払ったに過ぎないしまた骸に勝とうなんて思ったこともないからそんな大それたこと!…けれども骸の見解は違うのだがっかりなことに。遺憾ながら。
「ああ…、君のことが好きになってもいいんだって気付いたんですよ」

今流れ星が落ちたらきっと何の願いも出来ない。











(終)











 アトガキ
あさきんたま●んへの捧げもの!ひっそり誤字脱字を直したよタイトルすっかり忘れてた爆
2011/03/06 (初出:2009/07/07)