神狩り










喉奥からなにかが飛び出しそうで、ああまるでそれは魂というものだろうかそれとも心臓だったか声帯なのかそうまでして自分は…と苦しく目をしならせた骸は悲しみとひどい焦燥にずぶ濡れた心持ちでゆらゆら立ちつくした。指の先が冷たい、張り詰めたように。固く拳を作って…爪が皮膚を突き破ったことをぽたりと落ちた雫によって気づいた。
全ては遠巻き。骸はたおやかに咳きこんだ。
億劫という形を取りながら全く別の躍動感に溢れた衝動が血管を通してずるずる体の中で渦巻いている。骸は立ちつくしていた。
壊れないものなんてないよ、そういった横顔が目の前を塞いでいる。脳裏を焼きつくす勢いで骸の在り処を塞ぐ。掻きむしりたいのだ、胸を、この頭も、頭蓋の奥まで。
壊れないものなんてない。そうだ、…そうですねと骸はあの時と違った顔で頷く、修羅と桜を並べてみたような、ちぐはぐでありながらカチっと当てはまっているというそんな…。ほんとうは、その時と同じ顔を自分はしているのだと心象の外郭のあたりで骸は知っている。骸は。いつだって、いつだって怖かった。
壊れないものはない。どんなに壊れないようにしたところで。
いくら大事にしたって足りないくらいにどこまでも遥か遠くの星霜をのぞむように何処までも足りない。
命はひとつ。奪ったらかえせない。
壊れないものはない。失われる、失われてしまうよ、と。いくら急いでも…。
この世に神は居なくてもいい、ただ綱吉さえいれば、骸は深く項垂れた。拳はふるりと揺れてやわらかく解かれていく。

いつだって骸を救おうとしたのは綱吉だ。手を差し伸べたのも綱吉だけ。神は死ね。

「…ああ、世界が終わらない……」

ふらりと骸が空を仰ぐ、ばさばさと長い髪が急な突風にゆれて細い影が地面にはりつき揺れ尖った顎先から流れた雫はすらりと風に溶けた。





(終)











 アトガキ
骸はいつだっておいてけぼりな印象が深い。
2011/03/06 (初出:2010/01/31)