鏡の向こう側に佇む少年は何もかもの全てを見通し知り尽くしたといわんばかりにとてもつまらぬ顔をしていた。














花を喰む蛇












この世に生まれ来た意味を問うことの凄まじき無意味さに散々飽きながらも興味を捨てきれずに どんな道も踏みしめてきた。多分自分はとてもとても生きてみたかったのだろう。 生きるというのはどういうことだろうと感じてみたかったのだろう。 玩具を歓び求める子供の無邪気さにも似た愛らしい一途さで。

(…だって、もう生まれているというのなら生きるしかないじゃないですか。)

それはそれでいいのかなとも思うけれども、けれども視線はまっすぐに逸れていく。 まるで明る過ぎる陽光に慣れぬ目を休めるかのように暗闇を求めて軽くすいっと 冷たい水の中に潜り込み息を求める魚のようにこの目線は心地よく流れ泳いだ。
だってこのままでは棺になんと文字を刻めばいいのか解らないじゃないか。
目の前に広がる垂れた頭の数も屍に墓の数も何の意味も口元に笑みさえ呼びこまない。意味のない生。 他者を押し潰す度に膨れ上がるこの身の価値。どちらに重要を見出せばと問うてみれば 忠実なる者は価値だという。 意味がなく価値あるのはどういうことだろうか。そう問えば貴方はわからぬ人だといわれる。 価値こそ意味ではないのかと。

『……ならば、僕が何を目指しているのかという問いかけに君は答える事が出来るのですか?』

風は黙り込む。まっしろな沈黙で肯定を奏で俯く視線には笑みがこぼれていた。 ただ、貴方ほどに生と死を見た者もおらずそしてまた人の心を思惑を運命を掻き乱す者もいないでしょう、 そう答えとは言えぬ応えが淡く陽炎のようにうっすらと浮び呆気なく消えていくのだった。 この者が求めるものは決して自分の望む姿ではない故に。


「……だから?」

冷たい花びらのよう。コツ、コツ、と。初めて言葉を操る者のように硬い声音だ。 あんたは何がいいたいの。淡く苦く微笑みながら決してわらわない目で見つめてくる。 自分は確かにこの人の憎悪の琴線に触れているのかもしれない。血が嫌いだ。 そういう目をして自分の心が醜いとか思ってるひと。おもしろいですね。 嫌いなものに触れる時に貴方の心が汚れるわけじゃないのに。嫌いなら嫌いで、 触れたなら触れたで。それは決して結びつくものじゃない。 身に纏う服のように触れただけで汚れるわけないじゃないですか。 醜く汚れたと思うのはそれが『好き』だと思ってしまうからでしょう?

「貴方が好きだってことですよ」
「わけわかんないよ」
「好きだと認めればとても世界に心地の良いものは増えていきますよ」
「だからなんだよ」

彼は本当に子供のように自分の言葉を払い除けて避けようとする。 甘くミルクが落とされた世界に住んでいる人みたいに。

「……僕はね、貴方が好きだと解ったんですよ。貴方という人間を知れば知る程に使われたくなりますよ」
「はっ」
「使ってくださいよ。貴方に使用される為に生まれたならとても素晴らしい意味じゃないですか」
「ふん」

本当に嫌そうな目をしてまるで蛇が自分のところにのろりと這ってきている様を見るようなおぞましい物を見る目だ。
そんな目さえ好きになる。
この人は幸福の内側にいる人。それを守っているのは誰かもよく解っていて、そうして修羅に為ろうとして決して為れずに もがいている。汚れよう、汚れまいと。網の中の魚のように。切ないまでの必死さをその目に宿して。逃れられないのだと…。

「……僕はね、血が好きなんですよ」
「…………」
「人を殺すのも息をするよりも簡単なこともあるくらいに血が見慣れて終には好きになっていますから」
「ああそう」
「貴方の為に地獄くらい行ってあげられますから」
「………」

『 ……ああ、そんな貴方の目がすき。 』

この人はこんな自分さえも自身の為に傷つくことが嫌だという頭の軽い女のような心で。 そのあまりにも稚拙で、稚拙ゆえに唯一絶対の効力を持ってしていつの間にか魂を絡め取るのだ。 胸に広がる甘く苦い液体の色はこの目と同じ琥珀色をしているのか真っ青な血色なのかどちらだろう。 ああ、この人の言葉が好き。甘ったるく生温く清く白く麗しい。幼い心の柔らかさでかつて我らが 持ち得たかもしれない『少年』らしさをナイフに潔く心を切ってくる。

「貴方が好きですよ…」

そおっと手を伸ばして頬に触れてみても揺るがない嫌悪の瞳。柔らかな肉。滑らかな色の頬。ここを飾ったのは 血と涙のどちらが多いのだろう?口吻けしてみれば解るのだろう。きっと……。 いいや、飲み込まれるだけ。嫌悪の中にまた放り込まれる。そうしてこのひとは汚れたと思うのだろうまた。 好きになる。

「骸、離せ」
「はいはい、我が主」

非道の頂点にこのひとがいる。それが眩いまでの凄まじい感覚を呼び込む。其れは陶酔というのか 奇妙な欲情というのか捻れた世界の完璧さというのか。……ああ、これが求めたものなのかもしれない。 ねえ君、そんな血濡れた場所で綺麗な言葉を零さないでよ、…いいえ、もっと言ってみてよ。 貴方の奏でるもの全てがきちんと整頓されていた心の中を掻き乱す。掻き乱されて、掻き乱されて、掻き乱されて、 もっと感じてみたくなるのです其の『愉悦』を。

なんて綺麗なひと。綺麗ゴトのひと。愛しいまでに無垢で無知で死逢ワセな人間。
弱くて、弱くて、強いフリの上手な強い瞳のイキモノ。ああ、これが頂点だとは。世界はなんて面白いのだろう。


「ふふ、一緒にいきましょうよ。僕は貴方の最後の持ち物なんでしょうからねぇ…」

いつか。地獄に堕ちる其の時、必ずこの上等な真白な花を手にして滑り降りるだろう…。 口に銜えてするりと木から落ちる蛇のように頭から。
其れならばもう墓標もそれに刻む言葉も何もかもが要らない。 ただこの恍惚、『幸福』の為のこの身があるというのなら、愛という名も、神様の贈り物と感謝もいたしましょう。
ああ、綺麗な貴方。大好きな貴方。
いつかは穢れてしまうのかもしれないけれども其れさえも貴方を美しくするのだろうと思う。 其れとも狂ってしまうのかもしれない?…だから好き。貴方はきっといつまでもキレイゴトにしがみつくのだろうから。 流せない涙、その囀りを聞きたいから泥沼に浸って貴方の手足に為りたいのだろう…。


「地獄へね、一緒に……」

地の底鎖に繋がれたキレイな神さまみたいな貴方が。 (全てから絶命をせがまれて生き永らえる姿の。)




「誰がお前と逝くものか……!!」





『 ようやく僕は辿り着いた、この世界がまるで夢のように計り知れない事に…。 』




(終)











 アトガキ
バラバラに書いた文章をなんとかこうとかつなげてみたとです。骸ツナ難しいなぁ!!!
2005/10/30