実は、『奥様は骸様★』というのは当初こんなカンジのものでしたのですよハイ。
ここから先のものはまったくもってギャグじゃないです。
シリアス本編というか、番外編というか。 これはこれでムック様の妄想みたい?ってカンジでも可?(聞かないの!)












『奥様は骸様★』とはちょっと頭切り替えて読んでいただけれると嬉しいです。


























Leviathan












雨音は世界の全てを打つかのように響き渡り窓から見えた暗雲のびたる空には暗鬱という言葉を交じらせるには とても役不足なほの温かい善良さが見え隠れしていた。なんとも憂鬱な午後だ。 湿気は冷たく体温をうっすら奪うところは少しだけ好感を抱けたのだが、あれでは駄目だ。ふと眇めた目。 ならば其れに侵食される前にと考え、彼はギシリとソファへと身を深く預け 静かに瞼も伏せ黒の安息の中に匿われながら水中に沈む夢を見ようと思っていた午後。 そんな折に。微かに、蜘蛛の糸のような白く頼りない、 そんな声がひっそりと耳の中に忍び込んできたのだ。

(意外、ですよね…)

誰がこの自分の居場所を突き止めれただなんて思いながらもそんな事が出来るのは彼らだけですよねえと すぐに答えは結びついていた。すうっと泉の湖面へと浮上し顔を静かに突き出すようにして眼を開けば、…ああ、やっぱりと骸は 柔らかく微笑んでいた。 葬列からそっくり抜け出てきたような少年と青年が陰鬱な無表情で薄闇の中から険しく見つめてきてくれているのだから。

「てめえに依頼だ」
「そうでしょうとも」

もしかしたら僕抜きかもしれないと思ってましたよ。ホッと大仰な程のあからさまな安堵の笑みを柔和な顔に 貼り付けながらソファからすいっと立ち上がる。 骸はそれですよねと小さく歌うように囁きながらリボーンの後ろにひっそりと立つ雲雀の方へと優しく両手を伸ばした。 其れに雲雀は眉を顰めたのだが、リボーンが小さく頷くのを見るや忌々しげに舌打ちしながらもすっと骸の腕の中へと 静かに抱かしてやった。……折角大人しく眠っているというのに。
だが、そんな心配は杞憂に終わるように其れは静かなままに骸の手の中ですやすやと眠った。 意外にも丁寧にゆっくりと優しげな所作だったからだろう。 慣れているのかとハッとさせてしまう程に彼は赤子をきちんと腕の中に抱いていた。

「これがナナの子ですか。ふふ、やはり似てますよねこの子」
「ああ」
「そしてこの子が次代のボンゴレなのでしょう?この子以上に上質な血統の子も生まれないのでしょうから」
「ああ」
「じゃあ、この子がパンドラの箱の底にこびり付いていたという希望ですね」
「ああ」

リボーンの言葉はあまりに一辺倒であったが、それに骸は不満を表すこともなくただ腕の中の赤子へと 視線全てを注いでいた。リボーンの答えなどどうでも良いのだろう。 彼は腕の赤子に興味も注意も何もかもを掻き立てられ、例えこの子が起きてむずがって泣き叫んでさえ 顔を顰める事なく親猫のようにこの子の頬を喜んで舐めるくらいにも。いとおしげだった…。

「依頼というのはこの子を三人で守るということでしょうね。そして教育も施す」
「そうだ」

リボーンの顔が一瞬だけ苦く揺れた。其の気持ちは雲雀にもよく解る。 彼は子供のような無邪気かつ満面の笑みでブラボゥと叫ぶかのように色好い返事をすぐにしてくれた。 当たり前ですよ、ナナの子ですもの、と。ボンゴレの次代であることの方に興味を惹かれ心が沸き立っている というクセに。雲雀はスッと目を細めた。

(……さすがは悪辣なる毒蛇ということか)

雲雀は昨日の朝に突然この依頼を持ち掛けられ現在に至り最後の一人としてこの男が選ばれたのだ。 リボーンが珍しく迷ったということか、この男に一日空けてから依頼を告げるというのは。 雲雀としては正直この男とこの赤子を育てるなど嫌悪どころではない。其れはこの男が最大に 気に食わないという点もあるのだが、しかしそれよりもこの赤子を独り占めしたいというのが最たるものだろう。 何故ならこの赤子は間違いなく血みどろの美しい禍いであり醜悪なる騒乱の種だ。 もうこの世にこれ以上の血統は生まれる事はない。此れが最後の王なのだから。 ああ、なんて魅惑的なことだろう。 誰も彼もがこの子を手に入れようとぴちゃりぴちゃり血を降らす。そんな渦中に居られるだなんて。 雲雀は必ず訪れる未来を想う度に躯中の血が沸騰するようにぐずぐずと煮えたぎり眩いまでの恍惚で心がじっとりと熱く濡れ指先が甘く震えた。 このような甘く切なく焦がれるような魅惑が目の前ぶら下がれば この飢えた獣が齧り付きたいという欲望を抑えきれるわけがない。 こんなにも芳しくまるく瑞々しい甘美なる極上の美味なる果実がこの世の何処にも無いというのなら、 其の価値は最早膨大だ。無限大といってもいい。 ……ならば。 其れを独り占めしたいというのが当然の欲望、飢えた獣の前に現れた甘い色の肉。だから雲雀としては、 この元々からして気に食わないこの男が其れに噛むというのが非常に気に食わなかった。何故、この男が。 リボーンは仕方ないとしても、この男などが…。気でも狂ったのかとさえ思う。
だが。
嫌なことに認めざるを得ない確信が脳裏をつつき、今こうして赤子を抱く男を前にしてみれば此れの方がマシかと考え直せたのだ。 本当に嫌なことだ。しかし、どうしても外せないことなのだろう…。苦渋が喉を僅かに渇かした。 骸。 いとちいさき指を丁寧に弄びながら微笑む。 悪辣なる毒蛇。

「じゃあ、とっても幸せな家庭で育てませんとねぇ……」

ふふふ、と聖人のような微笑。暗闇の中でさえ優しく薫る白い花の如き微笑。 背筋が凍る程に美しく、甘ったるく、やさしいやさしい極上の微笑。 其れが骸の面にのっているのだから…。 ああ、きっとこの男は十代目として立ち上がった途端にこの子を砕くのだろう。姫の誕生の宴に招かれなかった魔女よりも 素早く残酷に。 右腕にそっと浮かび上がった鳥肌と共にそんな直感が頭の中で唸った。 ちらりと見たリボーンは帽子のツバをそっと引き、その表情を刹那隠した。

「ああ。こいつはそうじゃねえと隠せねえからな。無害な人間の中に、人の中にこそ人は隠すべきだ」
「ええ、そうでしょうとも」
「そして時が来たならば」
「ええ、この子は運命を知るのでしょう?美味しく脂ののった甘い血肉を貪る」

まるで御伽話のようですねと彼は天女のように麗しく微笑む。高く首をもたげた美しい蛇のようにも。 そうっと眠る赤子のすべらかな頬に羽よりも軽く口吻けを落とし、嬉しそうに、まだ見えぬ首に牙を 突き立てる夢を見ているのだろうか。


「可愛い可愛い僕の運命。今はゆっくりとお眠りなさい。貴方は一度目覚めたらもう二度と目を閉じてはいけないのですから」

ねえ?
そうして彼は子守唄をうたった。赤子の手がむずがるように揺れ、甘く微笑んだ彼は雨音も世界も優しく遮るように赤子の 為にやさしく呪いを謳った。あいしてる、誰よりもあいしてあげる、と。


「誰よりも、どんな誰よりも僕こそが一番に貴方の誕生を待っていましたよ『綱吉』?」




雨はいつの間にか止み窓からの光が二人を射し貫き、目覚めた赤子は何も知らずにほわりと無邪気にほほえんだ。







(終)











 アトガキ
『レヴィアタン』…この世にメシアが到来した時の宴会用の食材。(うわ、はしょり過ぎ!!)
地獄海軍の大提督だったり、七つの大罪『嫉妬』を司る魔王だったり、全ての獣の王様だったり、色々説はあります。
終末においてベヘモスという陸の獣に殺されて神に許された清い人々のお食事になるそうですよ。
2005/11/13