どうかどうかと願う。 叶わないで欲しいと想いながらも……。
















神様の午後











この世に神はいないんじゃないだろうかと思ったのは意外なことながら彼が十代目になってからだった。 だが、其れも仕方のない事だろうと思う。今では黒いスーツを身に纏う事をするりと簡単にこなす彼の 幼い時にはそんな者の存在など全く信じていなかったのだから。絵空事。それぐらいの認識。 よく神頼みをしていた口を眺めていたから、其れでそういうものかとか 其れでやっと神というものがそういう慈善事業の主なのかとのろのろ気付いたわけだ。
『神の存在』
我ながら現実主義だ。夢を見るということは眠ることだ。そういう辞書片手に暗闇を歩いている。
だからだ。
そして。
目を開いて一番に目に入るものがツナだというのが最もいけない。



「おはよう、リボーン」
「…………」

誰がどう見たとしても彼が仮眠をとっていたなどとは解らなかっただろう、それ程に彼の寝息は静かで また辺りを隙なく見回しているだろう気配が漂っていた。確かに。寝ていても彼は周りの気配を 気を配っているのだが。しかし長年の付き合い故かツナにはちゃんと違いが敏感に感じ取れていて、 帽子のツバを上げてこちらを睨む少年に彼はクスリと微笑んだ。

「随分眠りが深かったみたいだけど?」

疲れはとれたのと優しく言葉を零す。その手には血生臭い書類があり細い指先と共に午後の光の中白く溶けていた。まるで…。 なんて奇妙な矛盾。そう直感がこそりと頭の中で耳打ちリボーンは無表情さの上にひっそりと虚ろさを上塗られていた。
……眠い。
さすがにドン・ボンゴレの執務室だけはあって革張りのソファーは座り心地良くまた眠り心地も良い。 すり、とその表面を撫でながらリボーンは一瞬だけその目を深く閉じ、そうしてゆっくりと静かに白い瞼を押し上げた。

「寝たりねぇ…」
「じゃあもう少し寝たらいいよ」
「寝れねえ」
「一回起きたからっていうやつ?」
「かもな」

空気がゆうるりと揺れるようだ。まるで。白く眩しい。女の肌のように柔らかい色。午後の陽射し。 少し肌寒く感じるのは睡眠を取っていたからだろう。窓もドアもぴったりと閉じられている。 目の前には光に溶けそうな程にはかない色。せつない、優しい、せつないほどに。優しい優しい笑顔。

『 かみさま…。 』

真っ白な羽のようにふわりと優しくやわらかく全てが残酷なまでに清く美しかった。
優しい微笑み。優しい微笑み。流した涙の数はもう数え切れない。其れでも優しく微笑むのだから。

(きっと俺はお前を理解してやれない。知った振りでしかお前をわかってやれない…)

リボーンは薄く微笑みながらツナの方へと水中を泳ぐようにのろりと近付いた。 それを彼は優しく微笑んで見つめながら手を伸ばし、そぉっと黒い帽子を頭から取り去った。 いいよ、楽しそうに唇は囁いている。だからリボーンは苦く祈るように微笑むのを隠すように ツナの肩へとその顔を埋めた。

「目覚めても俺はお前の手の中にいるよ」
「……ああ」

静かに背中を覆う掌。それにリボーンも返す、彼の背を抱いた。神は確かに居るのだと思い馳せながら。
神様。神様。神様。きっとこの瞬間さえ見ているのだろう…。


(お前にとっての神には俺が為ってやるから、だから……)


お前は、もう辛い。後悔してもいるだろうから。
どうかどうか。(泣かないでくれとはもう願えないのなら、せめて)
神がサディストである事などはもう此の黒い羊めは知っている、だからどうかどうか……。(叶えれるだろう?)


「リボーン…、」

優しく微笑むことはもうやめて汚く生きる事に慣れて欲しかった。
(彼は残酷にも『今の俺がこうして生きているのはお前のおかげなんだから』といった……。)







(終)











 アトガキ
出会ったことを君は後悔しているかい?
2005/11/6