其れは至上の愛の言葉だったのだろう。












地獄くだり












突然的で本当に突拍子もないことだ。彼は不機嫌そうに睨んできたかと思えばいきなり、 血も涙もなくしなよ、なんていいのけてきたのだから。これには思わずツナもぽかんと 口をあんぐり開けてしまった。はい?と聞き返そうと思ったが、 彼の目はギラギラとはいといいえしか聞きたくないといわんばかりに物騒な色を纏い ツナは寸での所でその疑問をゴクリと喉に押し込む羽目となった。

「出来ないの?」

重ねて、血も涙をなくしなよと彼の唇が冷たく紡ぐ。まったくもってなんだその暴君ぶりはと ツナは内心で溜息つきつつ思う。背中はじっとりと冷たく汗をかいているのだが。 大体、血も涙も失くすなんて無理な話なのだ。内臓から血を搾り取るだなんて、涙腺ひっこぬけだなんて、 本当になんて無理な話だろうか。そしてそれが『冷酷になれ』を意味するものだとしてもツナには絶対に 無理な代物だと思うのだ。……無理だ。ツナにはヒバリのようには為れないという自覚ばかりが 年々強く心に重くのしかかっている。俯きそうになる視線を持ち上げようとするだけでもう精一杯で。

「…………えと、できません」

この言葉さえも。彼に言い訳も出来ない。ギンと鋭く凄む彼の目がギシギシとした気配からして解り、もうこれだけしか言えない。 血も涙も失くす。それは言われてすぐに出来ることじゃないということも伝えなければならないのに。

「……じゃあ、血を被ってよ」
「は?」

………これには、さすがに。ツナもぽかんと呆気に取られるだけに済まされず素直に疑問音が口から突き出た。 なんだそれ。どういう思考回路?ツナは頭の中がぐらぐらと『理解不能』で揺れるのを感じ取りながら目の前の黒の美貌をじっくりと 見上げた。彼の顔は真剣な顔そのもの。苛立ちに口元が歪んでいたが。チッと短く舌打ちすると 唇は開かれた。

「僕も君も血と涙を体に滲ませてるけど、君の場合は他人の為に泣いたり傷ついてばかりじゃないか」
「…は、はあ…?」
「この前も泣いてたし…。君は本当に他人を泣かさないで自分が泣いてばかりだ」
「そ、う…ですねぇ?」

……………いや、それなんというか、あの専ら自分泣かしてるの貴方なんですけどねぇ? (この人また物騒なことやらしてこっちは気が気じゃなくてそんでもってそのシワ寄せなんかもこっち来て 其れでまた泣いたりしてるなんてこと解ってないんだねぇ……)

「そして血も自分の血ばかりだろう?鞭が上手でも銃の腕前は下手だし。なんとかならないの?」
「なんとかといわれましても……」

元々が運動神経がぶっつり切れたような自分で、そしてリボーンのおかげでなんとか繋げれたよって感じで。 それで銃もようやく撃つ時の振動に耐えれるようになって……、練習すればもっと上手く為れる可能性があるだろうが ボンゴレ十代目になってからはそんな時間などなくてあるとしたら実戦の中ぐらいだ。 でもそこではリボーンと獄寺と山本が居るおかげでそんな事はしなくて良いのだ。

(……彼は、一体俺に何を求めているんだ?)

他人を泣かせろ。他人の血を流せ。そう言っているように聞こえるが。けれども彼の瞳をじっと見つめると ふっと翳った色を見つけてしまった。黒い瞳の中の深淵に浮ぶその色。やわらかい。傷痕覆う新皮のよう。
ヒバリさん、そう言いかけると彼は苦く微笑んだ。すっとその双眸を遠ざけてしまった。 さらさら揺れる長い黒髪の隙間の黒曜石は冷たく凍えた色のままこちらを睨みつけてくれている。 けれども先ほどよりも弱りながらだった。

「綱吉」

ふっと長い睫の影が白い肌にぽつりと落ち、彼は静かに地獄に落ちればいいのにと呟いた。
共に、と。











(終)











 アトガキ
……あれ?(もっとアホっぽく終わる予定だったのに…?)
2005/11/13