心だけならば。



















審 判 の 日
















貴方はなにに為りたいですかと聞かれた。なにに、だって?さあ、なんだろうか。 君があまりにも真剣に請うような顔をするものだから自分はさて何に為れるのだろうか何に成り代りたいと思ったか 為りたいと思うものは何であるかを数瞬考えてみたが、……ああ、やはり。 生憎と何も浮ぶことがなくただ明日の予定とやらが頭の中をさっと通り過ぎていった。 多分自分はこの先にも何かに為りたいと思うこともないだろう。ただ、何に為るのかが重要だろうと思うだろう。 為りたいものはないよ。そう素朴に口から紡げば少年は溜息のようにぽろりと苦笑を零した。

「貴方らしいです」
「そうだね」

君の目を焼く存在にはもう為っているだろうから。今のままで充分に事足りている。























「……君は昔、僕に何に為りたいかと聞いたね?」
「はい」

聞きそびれていたのだ。
聞いておけば良かったのだろうと無意味な仮定を幾度も繰り返しながら今ヒバリは綱吉の目の前に立っていた。 自分と同じ高校へと入学すると聞いていたというのに卒業を迎えることなく突然失われた彼。家も、何もかもが さらりと砂になりただヒバリの元に手紙を一通だけ残した。航空券を。言葉もなく。 其れが無性に腹が立ち彼の元にそんなものを使わずして自分の足で出向いてやろうじゃないかと思ったのだが ……。 聞いておけば良かった。あの時に行って。いいや、あの昔こそになのだろう。 もっと早くに聞いておけば良かったのだ。聞いておけば……。 今更聞いても遅いだろう事はとうに承知済みではあったが、しかしまだ手遅れの領地には踏み出してはいないのだ。 例え手遅れなのだと目の前ぶら下っていようと聞かなければと、この心は女々しくも幾度も後悔する事を止めないのだから、 ならば聞いてする方が余程マシだろうと。すまない。 やはりもう自己満足だろう。綱吉。 ヒバリは口角を少しだけ歪ませ微笑んでみせる。まったく上手い笑い方ではないが、久しい感触だから 仕方がないというもの。綱吉。もう一度名を呼び微笑むと彼もぎこちなく笑った。白い小花のように。

「ねぇ、君は何に為りたかったの?」
「強くなりたかったと思っていましたよ」
「強く?じゃあ、今の君は願い通りかい?」
「ええ。限りなくは」

確かにそうだね。頬の筋肉がゆるゆると温もりを取り戻していく。固く氷で閉ざされた山の雪解けの頃のように。 可笑しい事を言うね君。限りなく近付こうとも最後の一線を確りと越えていなければそんなものは屑だ。まやかしでしかない。 全然叶ってないよ其れ。半分も叶ってないじゃないか。可笑しいね君。あはは。
そうして可哀相だ。(舌の先を妙な苦味が刺してきたよ。)

「そうか、良かったね綱吉」

やあボンゴレ10代目。そう言って嘲笑ってやりたい気分だろうな。君はきみで在ればよかったというのに。 君には君の強さがあり優しい弱さもあった。おそるおそる、幾度も目を瞑りそうになっても 目を抉じ開けていた勇ましさ、まっすぐに見返し上を向こうとする純粋さ。 其れは本当に美しく尊いものだと思っていたというのには君は。君は。君は。もはや奴隷だ君は。

「おめでとう。君は弱くなった」
「………………」

唇がふるりと戦慄いた。苦笑へと歪まそうとした、嗚咽を漏らしたそうにちいさく。ヒバリ、さん。 コトンと固い声音が名前を紡いだ。可哀相だ。ああ、可哀相だね君。本当に。それでも。 泣きそうになりながら前を向く健気さよ。
綱吉。

「綱吉」

何かが溢れてくる。強くも弱くもあった君が弱くなろうとしている。そのちいさな手の中はカラッポでミシミシと冷たさに 軋み始めている。その手を取ってあげればいいの?…いいや、其れはしてはいけないだろう。 弱さだ。自分の甘さが彼の端までも駄目にしてしまうだろう。つなよし。つなよし…。頬が。

(聞かなければ良かったのかもしれない…。)

いいや。あの時に。(聞くべきだった。其れを思うは罪だ。)


『キミハナニニナリタイノ?』

「だから僕の心をあげるよ。弱くなった君に何もあげられないからせめて僕の心なんかをあげる。 元々必要の無かったものだし、だったら泣き虫な君の元に捨ててあげる」



顔が熱い。(ひょっとしたら涙を流したいのかもしれないの?)


「ヒバリさん……?」

なにもしてあげられなかったね。
君はちいさく叫んでいたというのに、愚かなことだった。綱吉の好意の上に胡坐をかき、窮地を知ろうともしなかった。 君は果てなくひとりぼっちだ。もう手を触れ合うことさえ叶わぬというのならば。せめて。

「あげるよ…」

愛している。其れをもう一度呟かせて欲しかった。
(もはや手が届くこともない暗がりの君へ。君だけが今もこれからも好きだよと)









うらぎらないよ、もう。







「……君は、君の道を行くといい。もう決めたのだろう?僕も僕の道を行くよ」
『 例え君が何に為ろうと自分の傍を離れないだろうという傲慢な思い上がりに断罪は下された。 』



( きっとこの先君とは殺し合うだろう。けれども心だけは。 )


(終)










 アトガキ
え。これ一万ヒット記念!!!?(ワオ!)←殴。
2005/12/17